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第二次柳川の戦い⑳ 久留米の戦い(5)

◇◇

 九度山に流された真田昌幸に反逆の動きありとの噂が流れ、それを警戒していた徳川家康は伏見に足止めされていた。しかしもちろんそれは家康にとっては建前であり、その実はもとより九州へは遅参するつもりでいたのだ。つまり、真田昌幸のそれは、家康にしてみれば格好の口実が出来たといえよう。

 その為彼は、九度山に兵を送り昌幸の動向を確認させることすらせずに、伏見に兵を留め置いて、九州の動向に目を光らせていたのであった。


 一方の九州においては、こちらも特にこれといった動きはなかった。


 時折、龍造寺軍が目の前の鍋島軍を挑発するなどの局地的で、ごく小さな衝突はあったが、それも兵と兵が直接斬り合うような戦闘にまで発展することはなかったのである。


 いたずらに時だけが過ぎてゆく。


 こうして九州では、天下の主役たる徳川家康抜きにして、運命の慶長7年(1602年)10月1日を迎えたのであった。


………

……

 

ーー期日までにわしが九州に到着しなかった場合は、九州の仕置きの件、お主にその指揮を委ねる


 家康から秀忠宛に送られたその内容の書状を読んだ時、本多正信はめまいを覚えた。


ーー右大将殿(徳川秀忠のこと)には無理じゃ…


 正信にはそうとしか思えなかった。


 いかんせん大きな決断を下した経験が全くない。そうにも関わらず、天下の仕置きを下さねばならないというのは、秀忠にとって荷が重すぎる。

 正信は、遅参するにせよ、家康が九州に到着するまでは、むやみに動かぬことを秀忠に進言していた。


 そして、10月1日を迎えた。


 久留米城には各軍の大将がずらりと顔を揃え、今後の徳川軍の動きを決めるべく、評定が開かれたのである。

 徳川家康という稀代の英雄なき評定は、正信の予想通りに、荒れに荒れた。


ーー逆賊である立花と島津、そしてそれに味方する各将を討つべし!!


 と、本多忠勝や榊原康政といった猛将たちが主張すれば、


ーーここは徳川家康様が到着するまでは静観すべし!


 と、本多正信や鍋島直茂といった穏健派は主張し、その意見は真っ二つに割れていた。


 両者ともに全く意見を引く様子はなく、議論は平行線をたどる。


 中央に静かに座っている秀忠は、その議論の様子を難しい顔で見つめていた。

 

 …とその時であった。


 その徳川秀忠が突如、起立した。


 唾をかけあいながら激しい口論をしていた者たちは、思わずその口を閉じて、秀忠の方へと視線を移した。


 そして皆静まったのを確認した秀忠は、一度深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。


「皆の意見は良く分かった。どれも筋の通った意見でいずれを採用すべきか判断に迷うものである」


 正信はこの言葉に、少しだけ落胆した。

 なぜなら、「もしかしたら右大将殿は大事であっても決断を下せるのではないか」と、心のどこかで、かすかな期待を寄せていたからである。

 しかしこの言葉を聞けば、それは期待外れであったと思えたのだ。


 だが…正信は忘れていた…


 徳川秀忠は、いつだって正信の想像に当てはまらない男であるということを…


 そして、秀忠は力強い口調で続けた。


「そこでここは父上の言いつけの通りに、立花と島津の仕置きに向かうこととする」


 その言葉に本多忠勝が、身を乗り出して大きな声をあげた。


「おお!さすがは内府殿の跡継ぎじゃ!

よし!そうなればこの本多忠勝!存分に戦ってご覧いれましょう!」


 しかし秀忠はそんな忠勝を制した。


「待て!いたずらにわれらから攻めかかるのではない!」


「し、しかし、立花と島津の仕置きをされると…」


「そうだ!それを行いに、柳川城へと進軍する!!」


「えっ…」


 なんと目の前に仕置きの対象である立花宗茂と島津義弘がいるにも関わらず、彼らを無視するように、柳川城へと向かうと言うのだ。

 この言葉に、その場にいる全員が言葉を失った。


「まずは立花からだ!父上が課した立花の降伏の条件は、柳川城の開城である!

ついてはまず、その柳川城の開城から迫ることとしようではないか!」


 こうして徳川軍の攻撃目標は、柳川城に定められ、反徳川軍に対して敷いた横陣を、柳川城に向かう長蛇陣として、筑後川沿いに進軍することとなった。

 それは、この評定に出ていた誰しもが予想だにしなかったものだ。


 だが…


 この城の外…すなわち反徳川軍の中には、この評定の結果を想定していた唯一の人物がいたのを、この時誰が想像できようか…


 その者の名は…


 黒田如水…


 彼は先の何もさせてもらえずに屈辱を味わった会談において、徳川秀忠という男のその思考をつかんだのだ。そしてもし徳川家康の足止めが上手くいっていたならば、秀忠が柳川城に向かって進軍してくるであろうことを読んでいたのである。



 そして…


 いよいよ徳川軍の進軍が始まった。


◇◇

 二つの古墳…すなわち、御塚古墳と権現塚古墳の前に龍造寺高房は陣を敷いていた。

 そして、その龍造寺軍のすぐ目の前には、龍造寺家の家臣である鍋島家の旗を持った軍勢が敵方として並んでいる。その鍋島軍の先鋒は、大将の鍋島直茂の嫡子である鍋島勝茂。龍造寺高房と同年代の彼は、高房にとっては、まさに目の上のこぶのような存在であった。


 その彼がすぐ近くにいる…


 それだけでも今すぐに突撃したい衝動にかられていた高房であったが、父親の龍造寺政家が諌めていたこともあり、何とか理性を保って、その時をじっと待っていた。


 そんな彼に、黒田如水から出た指示…


 それは、


ーー鍋島軍が先鋒として柳川城に向けて軍を進めてきたら、何としても食い止めて欲しい!


 というものであったのだ。


 高房の父である龍造寺政家は前日まで懸命の高房の行動を諌めていたが、ついにそれはかなわなかった。高房は最前線のほど近い場所に馬を進め、政家は後方に控えた。


 

 そして…


 鍋島軍の進軍が始まったーー


「もっとだ!もっと引きつけよ!!」


 龍造寺高房は大声で最前線の鉄砲隊に指示を送る。

 

 龍造寺軍の鉄砲隊の火縄がちりちりと音を立てるのが、離れたところからも聞こえてくるような緊張感に包まれる。


 一方の鍋島軍は足軽隊を最前線に配置し、鉄砲をよける為の竹束を前にしながら、じりじりと近づいてくる。


 龍造寺軍と鍋島軍の距離が徐々に縮まる。


 そしてついにーー



「うてぇぇぇぇぇえい!!!」


 と、高房の爆発したような声がこだますと、龍造寺軍から一斉に、


ーードドドドッ!!


という強烈な破裂音が周囲を轟かせた。


 多くの鉄砲玉は竹束によって跳ね返されたが、それでも刹那的に鍋島軍の出足が止まった。

 もちろん高房はその隙を見逃すはずもなかった。


「一気にすすめぇぇ!!」


ーーオオオオオッッ!!


 という野太い兵たちの雄叫びとともに、鉄砲隊の背後に控えていた龍造寺軍の足軽隊が、鍋島軍に向けて突撃を開始した。


「今だ!!鉄砲隊!前に出てうてぇ!

足軽隊!鉄砲隊が撃ち終わるとともに突撃だ!

いけぇ!!」


 相手の先制攻撃に対しても、鍋島軍の先鋒大将である鍋島勝茂は、あくまで冷静に指示を出す。


 そしてその指示を聞くやいなや、後方に控えていた後藤茂綱(ごとうしげつな)率いる鉄砲隊五百が最前線に躍り出て、一斉に射撃を開始した。


ーードドドドッ!


 突撃してきた龍造寺軍の足軽隊は、完全に無防備。そんな彼らに容赦なく鉄砲玉が浴びせられると、その突撃の勢いは殺されて、皆棒立ちとなった。

 

 そこに…

 

「つっこめぇぇえ!!」


 と、鍋島勝茂が率いる足軽隊が一気に突っ込んできた。

 

「負けるかぁぁぁ!!!今一度すすめぇぇ!!」


 龍造寺高房も負けじと大声で督戦すると、再び龍造寺軍に力強い一歩が踏み出された。

 

――ドン!!


 と鈍い体と体がぶつかる音がしたと思うと、そこからは刃と刃が交わる高い金属音がこだます。

 

 

 まさに一進一退の攻防が始まりを告げた。


 

「忠茂!!!今だ!!」


「はいっ!!兄上!!」


 兄の鍋島勝茂の掛け声に、弟の鍋島忠茂が大きな声で返事をする。

 

 そして、忠茂が率いる一隊およそ二千が、鍋島軍本隊から離れると、龍造寺軍の左手に回り込むように進み、一気にその脇腹を突いた。

 

 統制の取れた鍋島軍の動きの一方で、龍造寺軍はただひたすら正面から突撃をするのみにとどまっている。これではいくら大将の龍造寺高房が激しく督戦を行い、自らが前線に立とうとも、その優劣は歴然であった。

 

 じりじりと押され始める龍造寺軍。そして後方に控えている高房の父、龍造寺政家は全く動く気配を見せずに、後方の兵が高房の援助をするのを止めていた。

 

「負けるな!負けるな!!龍造寺が鍋島に負けるなど、たとえ天地がひっくり返ろうとも、あってはならんのだ!!」


 と、龍造寺高房はそれでも強気を崩さずに、兵たちを励ます。しかし元より牢人たちの集まりである龍造寺の軍勢は、一度劣勢に立たされると、その脆さが浮き彫りとなった。


「一気に切り崩せ!!そしてそのまま柳川城へ突き進むのだ!!」


 と、鍋島軍の先鋒大将である鍋島勝茂は、揚々と声を上げた。その声色は明るく、龍造寺軍の足止めなど一つの通過点に過ぎないとしか思っていないに違いない。

 歯ぎしりする高房とは対照的に、勝茂は余裕を持って軍を指揮していたのである。

 

 

 しかし…

 

 

――ドドドドッ!


 と、突如として地鳴りのような破裂音がこだましたと思うと、別働隊である鍋島忠茂の足軽隊が次々と倒れ始めた。


「何事だ!?」


 そう勝茂が驚愕の声を上げるとともに、その表情を焦りに変えたが、その間にも破裂音は間断なく続く。

 

 間断なく続けられる鉄砲攻撃… その特徴は…

 

 

立花の「早合」――


 

 その事が鍋島勝茂の頭をよぎったその時、澄み切った秋空に大きなダミ声が響き渡った。

 


「われは小野和泉守鎮幸!!!

八院での屈辱を、ここ久留米にて果たしにきた!!

鍋島直茂!!!覚悟ぉぉぉぉ!!!」


そう名乗りを上げたと思うと、小野鎮幸が率いる二千の立花軍の精鋭隊が、一気に鍋島忠茂の別働隊に突撃を開始したのだった。



――久留米の戦い… ここに開戦す!!





 

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