第二次柳川の戦い④ とかげの尻尾
◇◇
慶長7年(1602年)春 九州――
ここ九州に対する豊臣秀頼と徳川家康の動きが慌ただしくなる中、まさにその舞台の一つとなっている豊後の臼杵城においても、毎日のように激しい討議が行われていた。
しかしそれは各大名が最優先すべき事項である、領内統治に関する討議ではないことは、想像に難しくない。そちらの方は重臣となった吉岡統増が一手に担って善政を敷いたことで、豊後五万石は、この1年でみるみるうちにその国力を上げていった。
もちろん、九州の名家である大友氏の復興を喜んだ民たちの協力的な態度も大きかったであろう。自然と田畑を耕す農民たちや、海運に恵まれた城下町をにぎわす町民たちが集まってきたことも、大友家の領地経営に大きな恩恵を与えていることは言うまでもない。そしてそれは、民だけではなく、関ヶ原の一戦の後に溢れかえっていた牢人たちの受け入れ先ともなっており、国内が整備されていくとともに、その軍事力もまた整備されていったのであった。
そしてこの日も例外なく、当主の大友義統を中心にすえて話し合いが続けられていた。
「泰巌殿。本多正純殿のご使者として岡本大八殿がお見えになられたとのことですが、それを追い返した、とはまことにございますか?」
と、今や大友家の軍師の立場である吉岡杏が、きりっと眉を上げて、泰巌につめよった。しかし泰巌の方は、そんな杏のいら立ちなど素知らぬ顔でひょうひょうと答える。
「それがどうしたというのだ?」
その様子は若い杏にとっては、火に油だったようで、声の調子を一層強めた。
「どうしたもこうしたもございませぬ!それではまるで徳川殿に弓を引いたも同然ではございませぬか!!」
泰巌はそんな杏に対して、冷ややかな目を向けると、声の調子は変えずに答える。
「きんきんとうるさいわ… 宣戦布告しているわけでもなし、単に立花と和解し、九州の諸大名たちと力を合わせる書状を送ったくらいで騒ぎすぎじゃ」
「なっ…なんという浅はかなお考え…おばば様!何か言ってください!!」
杏は憤慨により白い頬を紅く染めて、祖母である妙林尼に、その言葉の矛先を向けた。その妙林尼は、いつも通りの表情で、泰巌に向けて問いかけた。
「まあ、泰巌殿にも何かお考えがあってのことであろう。それを聞こうではないか。
…無論、その内容によっては、ただでは済まさぬがのう…」
脅しとも言えるような妙林尼の言葉にも、泰巌は表情一つ変えない。そこからは彼の行動が、彼自身の中で太い芯を通したものであることがうかがえる。
そして泰巌は、面倒くさそうな口調でその考えを述べ始めた。
「まず、立花との和解であるが…
言うまでもなく、立花家はもとを正せば大友家の家臣である。その家臣が窮地に立たされている今、禍根は捨てて、手を結ぶことに何の疑問の余地があろうか」
その言葉に思わず杏が口を挟んだ。
「しかし、我が大友家は徳川殿の裁定により、お家の再興を成しました。その大恩のある徳川殿に対して、反抗している立花家を助けることは、徳川殿に弓を引いていることと同じでございましょう!」
「人の話は最後まで聞け!小娘が!」
と、泰巌は空気を震わせる一喝を杏に浴びせる。しかし杏の泰巌を睨む目は変わらなかった。
泰巌はその視線を無視するように続けた。
「今、徳川に歯向かっているのは我らが大友家ではなく、立花家である。このまま、屈辱を受け入れて膝を曲げるか、それとも玉砕覚悟で一戦交えるかは、立花の問題だ。
もし降伏を選んだなら、立花がお取りつぶしにならぬように徳川に働きかけ、一戦交える覚悟なら、そうさせぬように当主である立花宗茂に働きかける…
それが古くから当家に対して忠義を尽くしてくれた立花家に対する報い方であろう!
そして、そうする為にも、当家は立花に対して友好的であるという姿勢を示さずして、いかがするのであろうか!」
「しかし!ではなぜ、徳川殿の使者を遠ざけたりするのです!!」
その問いかけに泰巌は答えない。
その代わりに、彼女に向かって、吐き出すように告げた。
「…小娘… お主は政治というものに疎い…これ以上は口にするわけにはいかぬ。余計な口を挟むなら、早くここを立ち去り、兵の調練に精を出すがよい!」
あまりの言い様に、杏は目を大きく見開き、驚きと怒りの二つを顔に浮かべている。
そんな彼女をかばうように、彼女と同じく大友家の軍事面での重鎮である吉弘統幸が泰巌に対して、穏やかな口調で問いかけた。
「泰巌殿、確かにお杏殿はまだ若く、政治に疎いかもしれませぬ。しかし、恥ずかしながらこのそれがしも老骨の身なれど、泰巌殿のお考えに及ばぬ節がございます。
ついては、後学の為に、お教えいただけませんでしょうか」
その問いかけに、泰巌は、はぁと大きくため息をつくと、ちらりと当主である大友義統の方を見た。その義統は「仕方あるまい」とでも言うように、泰巌に対してうなずくと、統幸の方を向いて、自らの口で語りだした。
「泰巌殿の考えを俺自らが教えてやろう。
今や各大名は、主要な城に対して、その情報をまるで網のように張り巡らせている。
この臼杵城についても、城の内外で島津や立花だけでなく、徳川の間者も潜り込んでいることであろう。
つまり、城で行われる動きはみな誰に対しても筒抜けである可能性が高いというものだ。
その前提において、もし我が大友家が徳川殿の使者を喜んで受け入れたと知れたら、立花や島津は、我らに対して良い感情を持てないであろう。
そうなっては折角取り戻しつつある信頼関係は台無しだ。
それは分かるな?」
「しかし、それでは徳川殿と当家の関係が悪くなります」
「表向きはそのようにとらえられても構わん。なぜならその方が立花や島津に近づきやすいからな。
ただし一方で、今頃は田原紹忍殿が手配した商人に扮した使者が、書状を持って徳川殿のいる伏見城に到着した頃であろうか…
そうであろう?田原殿」
「その通りにございます。泰巌様の言いつけで、『徳川殿に対して反逆の意志はござらぬ。立花に近づき、徳川殿に恭順するように仕向けております』との旨の書状を、徳川内府殿に届けさせております」
「その動きすら、勘付かれる恐れは…?」
その統幸の問いかけに紹忍が答えた。
「その可能性は薄いかと…流石の立花、島津と言えども、商人たち一人一人の出入りまで監視することは出来ませぬ」
「なるほど…」
そして義統が続けた。
「九州の各大名に対して送っている書状もほぼ同じ意味だ。
でなければ、徳川殿に絶対的に恭順をしている松浦などに送るものか」
すると泰巌が義統の横から口を挟んだ。
「そこまで話したなら、もう全て話してしまってもよいぞ、義統殿」
「むむ…そうであったか…」
「それは何でしょう…?」
その場にいる、吉弘統幸、吉岡杏、妙林尼、そして田原紹忍の四人は、神妙な様子の義統の顔を、息を飲んで覗きこんだ。
一呼吸おくと、義統は驚くべきことを言い、彼らの表情を一変させたのだった。
「各大名たちへの書状自体が、徳川殿の指示によるものなのだ」
「な…なんですと!!?」
この事には強気を崩さなかった杏の言葉までをも失わせてしまった。
「そ…それはどういう…」
それには泰巌が答えた。
「未だこの九州には、『徳川に完全に膝を曲げたわけではない』という者がおるであろう。
徳川家康は、立花と島津の仕置きと合わせて、そのような輩を一掃するつもりなのだ。
ふん、どこまでも抜け目のない、狸め…
我らを利用してその反逆の芽をあぶり出そうとするとは…
やつのそばには、謀反を起こすのに詳しい者がおるのかもしれん」
そう、今の大友義統の活発な外交の動きは、実は徳川家康の意向を踏まえて、本多正純から直接指示されたことであった。
徳川家康は、第二の立花や島津を、九州から出す訳にはいかないと考えていた。それはひとえに、彼の本拠地である江戸から離れ過ぎているからで、直接手をくだすには困難を伴うからである。その為にも、立花らの仕置きを行うこの機会を利用して、少しでも怪しい動きをした大名たちを容赦なく罰するつもりでいた。そして、その対象を発見する事を、関ヶ原の戦い以降、急速に家康に近づいてきた大友義統に委ねた。なおその事は、正純の家臣である岡本大八すら知ることもない、言わば天下の極秘事項であったわけだ。
さらに言えば、そのことを利用して徳川家康は、あの年賀の場で、大友義統と豊臣方とのつながりに探りを入れた。
すなわち「大友の独断による動き」と見せかけて、その反応を見たのである。
家康は立花と島津が何らかの形で豊臣とつながりがありそうだ、ということは、柳川城の戦いにおける黒田如水と加藤清正の動きで察知していた。そして豊臣が必死になって立花と島津の降伏を阻止しようと、暗躍を始めていることは、もはや家康の知るところだったのである。しかしその為に、どのような動きをしているのか、さらに言えば、立花や島津、そして加藤清正以外にも、その手を広げて九州に味方を得ようと動いているのかを、家康は知らなかった。そこで彼は大友の動きを見せることで、豊臣方がどんな反応を見せるのかを、直接確認したのだった。
その結果、現時点においては、豊臣方は立花と島津以外の大名たちと連携を取っていないのではないか、と家康は推測をしたのである。
「各々、この当家の動きが、九州の平和と安定をもたらすものと心掛けよ。くれぐれもこの事は他者に漏らすなよ」
と、義統はその場の全員に釘を差して、その評定を終えた。
そして義統と泰巌は部屋で二人になった。
先ほどまでの熱気を帯びた室内は、ひっそりと静まり返る。
その静寂を破るように、義統が泰巌に低い声で問いかけた。
「…打ち明けてよろしかったのかな?」
「何を今更…それに、もうそろそろ頃合いである」
「頃合い…?」
不思議そうに義統が顔をしかめると、泰巌は冷ややかな表情のまま答えた。
「とかげは尻尾をきるものよ…であろう?義統よ」
「ま…まさか…お主…」
「ククク…われとの付き合いも長くなってきたゆえ、ようやく察しがよくなってきたようだな」
「なぜ!?なぜ切らねばならぬのだ!?」
と、義統は必死な形相で泰巌を問い詰める。しかし泰巌は相変わらずの冷めた表情のまま答えた。
「単純な話よ…やつらは知り過ぎた」
「しかし、教えてやってもよい、と言ったのは泰巌殿ではないか!?」
「義統よ。お主も分かっておろう。お主が何か動くたびに、その理由や大義名分の説明を求めてくるあやつらのわずらわしさを。
駒は駒らしく、当主の言いなりとなって大人しく動いておれば、やつらは切られることもなかったのだ」
「だが、やつらは…」
「なんだ?大友の体の一部とでも言う気か?たわけめ。
髪が長くなれば切る。爪が伸びれば研ぐ。それは人の体も同じであろう。
駒にいちいち情けをかけていたら、その身が持たんぞ。
お主もその身を持って学ぶとよい。
知り過ぎてしまった者たちがたどる末路を…」
「いつ…やるのだ…?」
泰巌の顔はいつしか醜く歪み、口元には不気味なほどに冷たい微笑を浮かべている。
「安心せよ。すぐに…ではない。まだ使い道があるからな」
「そ、そうか…」
義統は心なしか、ほっとしたような表情を浮かべる。しかしそんな彼に泰巌は冷たく言い放った。
「よいか、間違ってもやつらに情けをかけて手放すような真似をしてはならん。
やつらのうちの一人でも立花や島津、ないしは豊臣に逃げ込んでみろ。
徳川からとかげの尻尾のように切られるのは、われら大友であるぞ。
われらもまた今は徳川の一部であると心がけねばならん。
つまり、今はあまりに薄い氷の上に立たされているのだ。あの狸の指先一つで、その足元を破られ、再び奈落の底に落ちたくなければ、黙ってわれの言う通りにしておればよい。
もはや今日の事で、やつらの運命は決まってしまったのだ…
『死』である…とな。」
「泰巌殿…」
義統は顔を曇らせて、観念したようにうつむく。すると泰巌はそんな義統の肩を叩きながら高笑いした。
「ククク…豊臣と徳川…ともにわれの覇道においては、路傍の石に過ぎんことを、貴様は横に立って見ておればよいのだ。
そしてわれの側に居て、ふんぞり返っているやつらを血祭りに上げていく未来を間近に見られることを誇りに思うがよい」
泰巌はそのまま部屋を退出していった。
残された義統は悔しそうに唇をかむ。
「こんなはずではなかった…」
今の彼が置かれている立場は、彼が理想に抱いていたものとは程遠いものであった。
――豊後の国を取り戻し、憎き父が築いた頃以上に豊かな国を作りたい
そんな純粋かつ単純な想いは、豊臣秀吉や徳川家康といった時の権力者たちによって踏みにじられているようにしか思えなかった。
そして泰巌という男…あまりに恐ろしく、しかし徳川や豊臣すら恐れに感じないその大きすぎる器に、尻尾を振ることしか出来ない自分が情けなかった。
やるせない想いを、彼は床にぶつける拳に込める。
「いつか…必ず…」
彼の中に幼い頃より植えつけられた反骨精神は、この時も彼の心の檻を叩き続けていたのであった…
◇◇
一方その頃――
薩摩の国でも、大きな声が部屋に響いていた。
しかしその声は、豊後の国のそれとは違い、どこか嘆き悲しむようなものであった。
「おいおいおい!!伯父上殿!どうして大友なんかと仲良くしてるのさ!!ありえないでしょ!」
と、読書にふけっていた島津義久の背中に向かって、唾を飛ばしながら話しかけていたのは、島津忠恒。現在の島津家当主である島津義弘の息子にして、次代の当主に決まっている男だ。忠恒は関ヶ原の戦いが始まる前から徳川家康に近づくことを、島津家の実権を握っている義弘の兄であり、先代当主の島津義久に進言していた。
しかし、義久は徳川に近づくことはおろか、義弘による立花の援助を黙認したり、その立花と和解した大友に近づいたりと、むしろ反徳川色を強めているとしか思えない動きをしていた。
その動きに納得のいかない忠恒は、直接そのことを問いただしに義久をたずねてきたのだった。
しかし忠恒が大声を張り上げようとも、義久は背中を向けたまま、読書に没頭していた。
「ちょっと!!伯父上!!都合が悪くなると、だんまりでございますか!!?それはないでしょう!!
このままですと、本気で徳川を怒らせてしまいますぞ!
そうなったら伯父上の責任ですからね!!ああ!もうどうなっても知らん!!」
義久はあまりにうるさい忠恒の言葉にしびれを切らしたのか、ぱたんと本を閉じた。
しかしその顔を見せぬまま、忠恒に言った。
「忠恒よ…一つだけ忠告しておこう」
そのあまりに低すぎる声に、忠恒は先ほどまでの真っ赤な顔を、急激に青くしながら聞いた。
「な…なんでございましょう?」
「全てにおいて責任を取れない者が首をつっこみ過ぎると、『事故』にあうものよ」
その義久の言葉に、忠恒の背中に冷たいものが走る。
この少し前、島津家は様々なお家騒動を抱えていたのだが、その時に家臣やその家族が死亡する不可解な事が相次いでいた。それらを全て公にも『事故』として処理していたのは、義久であったことを、忠恒は知っていたのである。
その為、この義久の忠告は、忠恒が余計な手出しをすると、その身に何があってもおかしくないことを暗に示していたのであった。
「そ、そ、そ、そんなことあるわけないでしょう…むしろ次期当主の俺が何も知らないことの方が、お家が危ないというものです」
と、忠恒はなおも強がるが、完全に声は裏返っている。
「知り過ぎた者は斬り捨てられる…とかげの尻尾のように…」
「伯父上は、俺の事をとかげの尻尾とでも言うのですか!?」
「お主だけではない。天下にしてみれば島津家そのものが尻尾であってもおかしくはないのだ。
しかし…」
「しかし…?」
「例え知り過ぎても、尻尾ではなく、手足なら…そう簡単に切り落とす事はかなわぬことよ。
お前は天下の手足になれる自信はあるのか?」
「な、なんだよ!その天下の手足という意味がさっぱり分からん!!」
その言葉にようやく義久は振り返った。
まるで線のような細い目は、開いているかすらあやしい。しかし確かな眼光が忠恒を圧倒した。
「そのままの意味だ。天下の仕置きを左右するほどの役割を担うだけの器量のことだよ」
「な、な、な、なんだよ!ああ!やってやるさ!!天下だろうがなんだろうが、俺がその気になれば、動かせぬものなどないわ!!!」
義久は、やぶれかぶれになって放言する忠恒を、哀れむような笑みをもって見つめると、穏やかにしかし冷たいものを含みながら言った。
「ではお亀の気持ちを動かした事はあるのか?」
「え…」
その問いかけに、忠恒は固まった。
お亀とは、忠恒の正室で、義久の娘にあたる亀寿姫のことである。その顔は、父である義久の生き写しで、忠恒がどんな言葉をかけても、微笑みを携えた能面のような表情が変わることは、ただの一度もなかったのであった。
「お亀の心も動かせぬようであれば、他の女を側室に迎えることすら許されぬと心掛けよ。今のお主は、妻の心を動かすことすら満足に出来ん未熟者なのだ」
「ぐぬぬぬ!!覚えておけよ!!あとで徳川から痛い目にあわされても、俺は知らないからな!!」
と、忠恒は涙目になりながら、部屋を退出していった。
その様子を背中で感じながら、義久は再び読書に戻ると、一言漏らした。
「その徳川とつながっているのだ…大友は…」
しばらく義久の読書の時間が静かに過ぎる。
すると静かに一人の男が部屋に入ってきて、義久の背後までやってきた。
「お呼びでしょうか…ご隠居様」
その言葉に義久は、忠恒の時とは違って即座に振り返ると、涼やかな微笑みで彼を迎え入れた。
「よく来ましたね。有栄…ご苦労なことです」
その男は、山田有栄。先の関ヶ原の合戦においては、当主の島津義弘を決死の覚悟で守り抜き、『島津の退き口』を成功させた立役者の一人である。
「ありがたきお言葉にございます。言いつけの通り、殿にはしばしのいとまを頂きました。豊久様を弔うという理由で…」
「ふふ、よくぞやってくれた。しかし単なるいとまの理由とは言え、お主の無二の『兄弟』の死を利用させてしまったこと…心から謝ろう」
と、義久は有栄に頭を下げた。
「滅相もございませぬ。島津家の今後を占う大事であるとうかがっておりますゆえ、死してなおご隠居様のお役に立てて、豊久様におかれましても本望かと…」
「ふふ、お主は良い器量の持ち主だ。この事、やはりお主に頼むことが出来るのは、この上ない喜びである」
「ありがたきお言葉にございます。して、その用件とは、一体何でございましょう」
すると義久は、するすると有栄の側まで近寄ると、彼の耳元でささやいて命じた。
「伏見に行って欲しい」
そして義久は、自らしたためた書を有栄の懐にそっとしまった。
彼の指示が全て書かれたその書を…
泰巌が吉岡杏らを切ろうとしている理由が少し曖昧だったと自覚しております。。。
彼にとって「必要な人材」が、言わば大友家の段階によって異なってくる、という感じでしょうか…
果たして思惑渦巻く九州の行方はどうなっていくのでしょうか…
次回は、黒田如水の動きになります。
体調不良によりしばらく休載させていただきます。
申し訳ございません。
再開のめどがつきましたら活動報告にてご案内させていただきます。
どうぞご容赦くださいませ。




