【幕間】空気の分からない人々①
二回ほど幕間になります。
登場リクエストをいただいた武将たちが数名登場する予定でございます。
◇◇
慶長6年(1601年)10月――
徳川家康を悩ませていた大きな二つの懸念のうち、無事一つが解消されたのを受け、彼はいよいよ伏見城から、本拠地である江戸城に戻ることにした。
その大きな懸念とは、九州の仕置きと、東北の仕置き…この二つであった。
このうち解決の目途が立ったのが、東北の仕置きである。
伊達政宗、上杉景勝、最上義光の三者によって繰り広げられていた激戦はようやく落ち着き、そのうち反徳川を掲げていた上杉は、徳川家との折衝役に本庄繁長を伏見に派遣した。そして、石高を大幅に減らした上で米沢に転封という、上杉家への仕置きが決まると、やっとその重荷が下りたのであった。
しかしそんな家康にとって、伏見での最後とも言える大仕事が待ち受けていた。
「気が重いのう…」
その仕事の事を考えるだけで、家康の胃もまた重くなる。
「何を情けないことをおっしゃっているのですか?
もう少し背筋を伸ばさないと、不恰好でございますよ」
と、傍の阿茶の局が家康を穏やかにたしなめる。
家康はそんな彼女をちらりと見て、相変わらずむすっとした顔をしている。
「ふん、わしも伸ばせるものなら伸ばしたいところだわい。これは歳のせいじゃ」
「あら?近頃は新たな側室の、お万の方相手に鼻の下は伸ばしてらっしゃるくらいお若いのにね…」
その阿茶の局の言葉に共に部屋にいる、本多正信がくすりと笑う。
家康は顔を赤くした。
「ふん!お主はわしに若くいて欲しいのか、そうでないのか、どちらなのだ!?」
「それはお若いにこしたことはございませんゆえ、背筋をお伸ばしくだされ」
その阿茶の局の言葉に家康は、必死に背筋を伸ばそうとするが、机に向かっての仕事が長かったせいか、なかなかその背中が真っ直ぐになることはなかった。
しかし、阿茶の局の気遣いはありがたく、家康の重い気持ちはこの時少しだけ晴れたような気がした。
………
……
しかし…
いざその大仕事が始まりが近づくと、再びその胃も気持ちも重くなったのだった。
その仕事とは…
上杉景勝との面会であった。
仕置きも決まり、最後に直接謝罪を受けることで、それをもって上杉家は正式に許されることとなっているのである。
だが、もはや天下において怖いもの無しの徳川家康なはずである。
にも関わらず、相手から謝罪を受けることに、気が重いのはなぜか…
それは…
その空気であった。
そして家康の胃は重いままに、それはあらたに部屋に四人が入ってきたところで始まったのだった。
徳川家康の傍らには、阿茶の局と本多正信。
そして、上杉景勝の傍らには、景勝の重臣であり、片腕と言っても過言ではない直江兼続、それに景勝の正室である菊姫と、兼続の正室であるお船の方が座っている。
一つの部屋に、男女同席で七人も集まれば、自ずと昔話などで賑やかな席にでもなるはずなのだが…
上杉景勝という男は、どこまでも愚直に「空気の分からない男」だったのであった。
謝罪といっても、それは形ばかりのものに家康はするつもりであった。
確かに家康の会津征伐の出陣の元となったのは、直江兼続による、歯に衣着せぬ弾劾状…いわゆる「直江状」であったことは有名な話である。
その書状を手にした時は、普段温厚な家康と言えども、怒りに我を忘れた。
しかしそれがきっかけとなって、関ヶ原での大一番につながり、今では天下の仕置きは全て徳川に委ねられるほどに、その地位を固めることが出来たのである。
政治に関しては、未来志向を持ち、寛容な態度である家康にとって、上杉景勝が「今後歯向かう事はなく、徳川の味方となる」との約束が交わせれば、これほどに心強いものはないと思っていたのだ。
その事は既に、景勝の重臣である本庄繁長を通じて書面にて取り交わしており、あとは上杉景勝が徳川家康に謝罪した、という場さえ設ければ、その会談の内容など、言わば世間話程度のものでよかったのだ。
しかし…
上杉景勝は、そんな空気が分からない。
彼は生真面目に深々と頭を下げると、無言のままその状態を貫いた。
もちろん主人がその姿勢なら、家臣や妻たちもそうせざるを得ない。
直江兼続を始め、傍らの人々も、一言も発せずに頭を下げたのだった。
部屋はとてつもなく重い空気に包まれる。
そんな雰囲気を崩そうと、まずは家康が切り出した。
「まあまあ、頭を上げてくだされ、上杉殿。
もう過ぎたことゆえ、今後は天下泰平の為、共に手を取り合って戦のない世の中を作っていこうではないか」
「はっ」
頭を上げた景勝はそう短く答えると、口を真一文字に結んで、じっと家康を見つめていた。そしてそれ以外の言葉は一切発しない。
その瞳には、反抗心など全く感じられるものではない。だが、その強い瞳の色と、この重苦しい空気は、家康には耐え難いものであった。
彼はちらりと正信を見る。
すると正信は、天井を見ながら、他人事のように言った。
「そう言えば今日、堺から『清酒』なる旨い酒が届きましてな…なんでも奈良流の諸白と呼ばれるものでして…」
その正信の言葉に相槌を打つように家康が嬉々として言った。
「おお!そうであったか!折角だから酒でも酌み交わしながら、少し話しでもしようではないか!
和解のしるしに、一献…どうじゃ?」
「遠慮いたす」
と、たったの一言で返されると、再び空気は凍りつくように固まった。
家康は今度は阿茶の局の方をちらりと見る。
すると彼女は「仕方ありませんね」とでも言わんばかりに頷くと、
「ところで菊姫様。伏見での生活も長くなってきましたが、何かお困りのこととかございませぬか?」
と、景勝の妻である菊姫に話を振った。
女性ならではの話から場を和ませる作戦なのだろう。
だが…
「特にございませぬ」
と、夫の景勝と同様に、全く会話の広がる糸口が見当たらない。
再び長い沈黙が場を支配した。
しかしこのまま会談を切り上げてしまえば、どこぞの口から
「徳川家康は上杉景勝とろくに会話をすることも出来なかった。あれでは家臣や世の大名の心を掴むことは出来ないだろう」
とでも言われかねない。
家康は、ほとほと困っていたのだった。
…と、そこにもう一人、空気の分からない男が部屋に入ってきたのである。
「父上、お待たせいたしました。今、江戸から到着した次第にございます」
そう明るい声で部屋に入ってきたのは、徳川家康の嫡男である徳川秀忠であった。
彼の場合は、
「不思議なことは不思議と素直に言う」
というきらいがある。
早速彼はその重苦しい空気に対して、誰ともなく疑問をぶつけた。
「ややっ!?これは何か良からぬ事でもご相談されていたのでしょうか?
それとも誰かお身内に不幸があったとか…
この息がつまるような空気は、いかがしたのでしょう」
秀忠はちらりと家康を見る。
すると「こっちに話を振るな」と言わんばかりに、家康はその視線をそらした。
しかしそれが家康にとっての失態となる。
どこまでも空気の分からない秀忠は、その視線を直江兼続に向けたのであった。なぜなら兼続の目がきらきらと輝いていたからである。
それはまるで「自分に話を振ってくだされ」とでも言わんばかりに…
秀忠は見事にその瞳から彼の意志を汲み取り、
「どうなのでしょう?直江山城殿。
このいかんともし難い空気は、何か悪いことでもあったのでしょうか。
こたびの会談は、謝罪とは名ばかりで、適当に雑談を交わした後に、和解の為のささやかな宴を催して終わるとうかがっているのですが…」
と、問いかけた。
すると家康だけではなく、阿茶の局と正信もぎろりと秀忠を見た。家康にいたっては秀忠を睨みつけていた。
ーーこの馬鹿者!
と、言わんばかりに…
すると兼続が、コホンと咳を一つすると、軽く息を整えて、あらためて秀忠に問いかけた。
「徳川大納言殿(秀忠のこと)は、この空気が重い理由をわれにうかがっている、ということにございますかな?」
そこに正信が必死に口を挟む。
「いやはや、これは言われてみれば、確かに空気が重いですかな。では外の空気でも入れましょう。
ここからなら中庭の紅葉が綺麗に見えましょう」
しかし秀忠はそれを許さない。
彼は自分が納得するまでは話題を変えることをよしとしないのだ。
「むむっ!本多殿、それはなりませんぞ。
遅参したそれがしが悪いとは言えども、この場の空気の重さの理由を知らねば、この先の話についていけぬかもしれぬ。
ささっ、山城殿。教えておくれ」
「では…」
と、兼続は袖をすっと伸ばすと、両手を床につけて頭を少し下げた。
そして元より厳しかった表情をさらに引き締めて口を開き始めた。
「この空気の重さは、われらが当主、上杉中納言殿(景勝のこと)が作り出したものにございます。
しかしその元を正せば、それは全て徳川内府殿に行き着くところばかり、これすなわち徳川内府殿が場の空気を重くしている、と言ってもよろしいでしょう。
ではその理由をこの直江山城が説明いたそう。
第一に、もとよりわれわれは、かような場所にきとうなかった。
なぜならこたびの件の『義』はわれら上杉にあり、われらが謝罪する言われはない。
われらは徳川内府殿に弓を引いた覚えなど一切ないにも関わらず、徳川内府殿は、奸臣堀秀治の讒言に乗せられて、われらのいる会津征伐に繰り出し、さらに会津を目の前にした小山から関ヶ原に取って返した際も、敵の背中を追うのは『義』に反すると、われらはその槍を下ろしたのです。
感謝される言われはあるが、謝罪せねばならぬ言われなど一切ござらぬ。
確かに東北での戦で民を苦しめた事は、天下泰平の『義』には反することかも知れぬが、それであればわれらが謝罪すべきは、天下を治める豊臣秀頼様であり、徳川内府殿ではない。
先の弾劾状のことを謝罪せよとおっしゃるなら、もともとは徳川内府殿が、われらに言われなき弾劾状を送ってこられたことが発端であれば、まずは徳川内府殿から謝罪するのが『筋』というものにございましょう。
次に、それでも天下泰平のためなら、と唇を噛みながら頭を下げにきてみれば、その徳川内府殿の緊張感のなさたるや、それがしに至っては、もはや呆れを通り越して、うすら寒さすら感じるほどにございました。しかしそれでもわれらが殿は、どうにかして場の空気を、公式な大名同士の会談とすべく必死に取り繕われておられるのです。
そんな殿の涙ぐましい努力に対して、酒を持ちだそうとしたり、おなごに話題を振ったりと、姑息とも言える手を使ってまで、空気を乱そうとされる。
挙句の果てには、遅参した大納言殿の口から『謝罪とは名ばかり』とか『宴』とか飛びだす始末…
これでは余計に殿の心は固く閉ざされ、より空気を重くするのは当然の『義』と言えましょう」
まるで堰を切った川の水のように、言葉の大洪水が部屋の重い空気の中に注がれる。
そしてそれが部屋の空気を綺麗に洗い流す…
という訳ではさっぱりなかった…
むしろ空気はより重くなり、家康の脇息の上の腕にのしかかるその体重がより大きくなったのであった。
そう、直江兼続もまた空気を読むのが、あまり得意ではないたちだったのだ…
しかし、景勝のそれが「無口」であるのに対して、兼続のそれは「饒舌」…
歯車の凸と凹が上手くかみ合うように、この主従もまたその不釣り合いな特徴が、この上ない主従の絆を生みだしていた。
そして、それを予め知っていた家康らが兼続に話を振ろうとはしなかった理由は、ここにあったのだった。
もはや凍りついて、いかんともしがたい雰囲気に陥ってしまったその部屋の中で、八人は各々視線を合わさないままに、時だけがいたずらに過ぎていく。
そこで家康は覚悟を決めたように、腹に力を入れた。
「もうよい!
謝罪をする気があるのか、ないのか!それを景勝殿の口からはっきりと聞こうではないか!」
と、家康はその空気を振り払うように、立ち上がって、景勝に強い視線を浴びせた。
景勝は座ったままで、その目線だけを家康の瞳に向ける。全く視線をそらそうとしないその様子は、彼の意志の強さを物語っている。
そして彼は周囲が驚くほどに大きな声で言った。
「全ては上杉の不徳のいたすところぉ!!」
本多正信はびっくりしたように目を丸くしたが、家康は、ここは負けじと、大声を張り上げる。
「であればどうするのだぁぁぁ!!?」
「申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!!!!!」
と、景勝は絶叫のごとく声を震わせると、床に頭をこすりつけるように頭を下げた。
それに兼続やその奥方らが続く。
その様子に、家康は景勝の絶叫の余韻が残る最中に、大声で指示を出した。
「よし!!頭を上げよ!
そして、佐渡(本多正信のこと)!!
酒を持ってこさせよ!!早速、和解の宴じゃ!!!
上杉殿!嫌とは言わせぬ!!今宵は徳川にも上杉にもめでたい日なのだ!
互いの家臣を呼びよせて、酒を酌み交わす!
拒否は許さん!!」
「ははーーーーっ!!」
と、景勝はその家康の怒涛の勢いに押されるように返事をしたのだった。
兼続は顔を青くして何か言おうとしているが、それを彼の妻であるお船の方が袖をひっぱり制している。
そして、顔を真っ赤にしたままの家康が、再びどかっとその重い腰を下ろすと、阿茶の局は家康の耳元で話しかけた。
「ふふ、それでこそ殿にございます。わらわは惚れ直しました」
その言葉に家康の顔がさらに赤くなる。
阿茶の局は袖で口元を隠すと、目を細めて心の底から嬉しそうに笑顔になったのだった。
これにて一件落着か…
と、思われたのだが…
そこにもう一人、空気の分からない男が、齢六十を超えた老体にも関わらず、酒をかめごと担いでやってきたのだ。
「がははは!!!さすがは江戸の大狸よ!!取り仕切らせたら天下一!!」
と、家康を狸呼ばわりしながら部屋に大股で入ってきたと思うと、そのかめをドカンと下ろして、升を各自に投げながら配った。
「さあ!!酒の時間だぜぇ!!!今宵は徳川も上杉もねえ!!そして上も下もなく、大いに皆で飲み明かそうぞ!!
てめえら!!早く入ってきやがれ!!」
と、その老人が大声で号令をかけると、襖という襖を全て開けて、部屋の周囲を守備していた徳川の兵たちを中に引きいれた。
さらに部屋の外で待機していた上杉景勝のお供たちも部屋にぞろぞろ入ってくる。
「よっしゃぁ!!唄え!踊れ!!今宵はめでたい一日なのだ!がはははは!!」
と、その空気をまさに一変させた老人は、率先して酒を浴びるように飲み始めたのであった。
「な…何者なのでしょう…あのご老体は…」
あっけに取られている秀忠とは対照的に、家康をはじめとしたその他の者たちは皆、
「あやつなら仕方ない…」
と、がっくりと肩を落としている。
そして、家康は兼続に向かって恨めしそうに話した。
「お主であろう…あの者をここに呼んだのは…」
兼続はニコリと微笑むと、
「これはしたり!それがしは空気を読むのが苦手でして」
と、自分の額をぴしりと叩いたのだった。
場の空気をぶち壊したこの男の名は、前田利益…
後世においては前田慶次とか慶次郎という名で通っている。
その行いも姿も破天荒な「かぶき者」として有名な男だ。この頃は上杉景勝のもとで、大人しくしていたかと思われていたのだが、誰が何を思ったのか、景勝らとともに彼もまた京までやってきていたのであった。
こうして徳川家康の伏見における最後の大仕事は、空気の分からない男たちの手によって、幕を引かれようとしていた。
そして最後に、思いだしたように景勝に言った。
「そうそう、米沢の地に赴く前に、大坂城の秀頼様の方にも顔を出されよ」
「はっ」
特に何の抵抗も見せぬまま、景勝は短く返事をすると、それを了承した。
その様子に家康の顔がほころぶ。
すると阿茶の局がそろそろと家康の近くまでやってきて再び耳元でささやいた。
「殿…今、すごくいやらしい顔をされておりますよ」
「う、うるさい!」
「どうせ、『わしだけがこのような思いをしたくない。秀頼様にも同じような目に合わせてやる』とでも思ったのでしょう」
「ち、ち、違うわ!」
「ふふ、案外上手に手なずけてしまわれたら、一大事でございますよ」
「な、何をお主は考えておるのだ!?」
「さあ…わらわは何を考えておるのでしょうね…ふふ」
と、阿茶の局はけむに巻くように言うと、再び菊姫やお船の方の方へと行ってしまったのであった。
このわずか三日後のことだ。
徳川家康と重臣たち一行は、伏見城を引き払い、江戸へと移っていった。
いよいよ各大名たちの仕置きがひと段落し、新たな政権を作る為の地固めをする為である。
そう、彼は既に決めていたのだ。
政治の場の中心を、豊臣恩顧の武将たちや商人たちの影響の残る、大坂や伏見から、彼が一から作り上げたと言っても過言ではない、江戸の地に移すことを…
そして同日…大坂城…
「ははは!!お主たちは面白いのう!!」
と、城主の間は秀頼の心の底からの笑い声で包まれていた。
そこには相変わらず口を真一文字に結んで、じっと秀頼を見つめる景勝と、その傍らで微笑みを浮かべている兼続の姿。
ここにも一人いたのだ…
この上杉家の主従が作る重い空気などもろともせずに、その様子を「滑稽」と笑い飛ばすような、空気の分からない少年が…
それは若さゆえのことなのか、それが彼の器によるものなのか…
天下の陪臣と名高い直江兼続をもってしても、それは判断がつかないのであった。
しかしただ分かっていることと言えば…
それは今彼らがいるその部屋の空気は重くなどなく、どこまでも軽く、そして明るいものであること…
そしてその空気を作りだしている人こそ、少年の豊臣秀頼であることなのだった。




