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石田三成との会談〜千姫の受難〜②

◇◇

石田三成はこの時、切羽つまっていた。


すでに東軍は続々と福島正則の居城である清洲城に集結しつつある。

そして未だ江戸城に待機している徳川家康からの岐阜城への出陣の号令を、今か今かと待ちわびているのだ。

そんな切迫した状況にも関わらず、彼は前線にほど近い大垣城から、この大坂城までやってきたのには、明確な理由があった。


それは『豊臣秀頼の一筆』を是が非でも手に入れるためである。


なぜそこまで秀頼の一筆にこだわるのかという点だが、それは恐らく岐阜に攻めこんでくるであろう先鋒の軍勢は、福島正則や池田輝政といった豊臣恩顧の武将たちと予想されるからだ。


そこに秀頼から「義は西軍にあり」という直筆の書があれば…

それでも戦の流れを止める事はかなわないかも知れない。

しかし彼は彼の信じる正義が、正しいものであると示す事で、東軍の士気をくじき、西軍の勢いが増す事を信じてやまなかったのである。



そこに降ってわいたような秀頼からの会談の要請。彼は自分に運が巡ってきたかのような錯覚に陥っていてもおかしくないであろう。

しかし彼は浮かれる事なく、幼い秀頼と一戦交えるような覚悟をもって、秀頼とその母の淀殿が待つ場所へと向かっていくのであった。


◇◇

石田三成が秀頼と会うために通された謁見の間には、なんと真田信繁が既に通されていた。


「源二郎、お主も呼ばれていたのか?」


「はい、今朝方に申し付けられまして…」


「ふむ…そうか…」


三成はさしたる興味も示さずに謁見の間の真ん中に腰を下ろした。

仲の良い二人だが、それ以降の会話は一切なかった。


ジリジリとした緊張感は、三成から発られている気迫によるものだ。

一方の信繁は普段通りのすまし顔ではあったが、その胸のうちは三成の悲願の成就を願わないではいられなかった。


しばらくした後、いよいよその時がやってきた。


「二人とも、待たせましたね」


そう二人を労ってやってきたのは、秀頼の母親である淀殿であった。その姿が見えると三成と信繁の二人は深々と頭を下げる。


「そうかしこまらずともよい、楽にしなさい」


淀殿はいつも通りの穏やかな「外面」を携えたまま、暗に頭を上げるように命じると、謁見の間の一つ高い壇上の端に腰を下ろした。

「今日は秀頼が治部に披露したい『芝居』があるようなのです」


「それよりお方さま…」


自分のペースで話を進めようと、三成は口を挟もうと、身を乗り出す。


しかし、


「治部。殿下のご意向に(そむ)くおつもりか?」


と、淀殿は表情をそのままで、視線だけを獰猛な蛇のように鋭くさせて、三成を制した。


「も、申し訳ございませぬ」


その淀殿の圧力と「殿下」という言葉に、三成は引き下がらずを得ない。

彼は姿勢をただすより他なかった。


そんな三成と淀殿による機先の制し合いで、不穏とも言える空気に、後ろに控えている信繁の方が冷や汗をかいていた。


その時である。


「やぁやぁ!治部!よく来た!秀頼は嬉しいぞ!」


と、なんの苦労も、世の中の喧騒も知らないような、無邪気な笑顔を浮かべた秀頼が、かたわらに千姫を連れてやってきた。


「殿下におかれましてもお元気そうで、何よりにございます」


そう頭を下げた三成であったが、言葉とは裏腹にその顔には、あまり余裕が感じられない。


「楽にしてよい。それにあまり時間をとらせぬゆえ、じっくりと堪能するがいい」


…じっくり堪能…


こんな状況で、なんの因果で7歳の少年の「芝居」など堪能しなくてはならないのか。

自分がどんな気持ちで、誰の為に戦い続けていると思っているのか…

憤りを感じるとともに、秀頼の世間知らずで愚かな行動に、悲しみを覚えていた。


ああ…仮にこの戦に勝っても、この殿下ではこの先天下を治める事はできまい。

彼はそんな風に不安にならざるを得なかったのだった。


「では、早速始めるぞ!千!ここへ!」


そんな三成の思いなどお構いなしに、秀頼はどこまでも明るく、進行を開始した。

秀頼と千姫は壇上に上がると、秀頼の方から千姫に向けて嫌らしい感じでなじり始めた。


「千よ、そちは本当に可愛くないのう」


一方の千姫は、いかにも演技といった感じのすまし顔で返す。


「なにを根拠にそんな事を申しますか?」


すると秀頼はまくし立てるように話出した。


「まず殿下であるわれに対して冷たく、愛情のかけらも感じない。

それに口うるさくて可愛げがない。

われよりも食べる、声はでかい、すぐ怒る…」


出るわ出るわ、まるで洪水のように秀頼の口から、千姫に対する愚痴。

それはまるで旧知の相手に対する不満をぶつけるかのようだ。

とても演技とは思えない…周囲はみなそのように感じ、開いた口がふさがらない。


始めは演技と分かっているので余裕の表情で秀頼と向き合っていた千姫であったが、徐々にその表情に青色が加わっていく。


そして、


「とにかく千は全く可愛くないのじゃ!」


と、腕を組んで見下ろすように言い放った秀頼。

わなわなと震えた千姫の可愛らしい顔は、すでに青色から赤色に変わっている。


「秀頼さまなんて、だいきらいじゃ!!」


と、叫んだ千姫はその右手を秀頼の左頬に飛ばした。


グーで…


ドゴンッ!


という鈍い音とともに、秀頼の顔が歪んだ瞬間に、その小さな身体は大きくよろめいた。


あまりの迫真の演技に、先ほどまで冷ややかな目を向けていた三成でさえも見いっていた。


「なにをするのじゃ!この暴力女め!」


と、若干涙目で秀頼。彼は態勢を立て直すと、千姫につめよった。

千姫も負けじと秀頼を睨み付ける。


一発触発…


まさに殴り合いの喧嘩が始まるかというその時だった。


「そこまでですよ。二人とも」


と、淀殿が二人の間に割って入ってきた。

そしてそのまま二人に向けて、


「それ以上やっては互いに傷つくだけですよ」


と、たしなめる。

納得がいかないのは千姫の方だ。

彼女は淀殿に対して、


「悪いのは秀頼さまの方です!秀頼さまが謝らない限り、千は許しません!」


と、抗議している。

しかし淀殿は穏やかに千姫に向けて、彼女の気持ちとは裏腹のことを命じた。


「それでも先に手を上げたのは千の方です。だからあなたの方から謝らなくてはなりませんよ。

この母が一緒に謝ってあげますから、ここは堪忍して頭を下げるのです」


千姫の大きな瞳には、悔しさのあまりに涙がいっぱいにたまっている。


そして淀殿と並ぶようにして、震えながら秀頼に頭を下げた。


「…ごめんなさい」


小さな消え入りそうな声。

そこには自分の意思とは異なっていても、筋を通さねばならないことへのもどかしさを如実に表していた。

しかしそれでも潔く頭を下げる千姫。

そんな彼女に秀頼は手をさしのべた。


「ああ、千よ。われが悪かった。許しておくれ。これからは二人で手を取り合って、いつまでも仲良くやっていこうではないか」


秀頼の台詞だけは相変わらず「演技」であることが、ありありと分かるほど、棒読みであった。


「ぐすん…本当に?」


一方の千姫はとても演技とは思えない。秀頼の言葉に落ち着いたのか、少し顔を上げて上目使いで秀頼の様子をうかがっている。


「ああ、男に二言はない」


棒読みの秀頼の言葉。

しかし千姫は嬉しそうに、先ほどとは異なる紅さを頬に浮かべて、もじもじしだした。


そして芝居を締め括るように、秀頼は腫れた左頬をさすりながら、大きな声で宣言した。


「見事にわれの策は成功じゃ!これぞ『雨降って地固まる』じゃ!ははは!」



芝居が終わると、千姫の代わりに今度は三成がわなわなと震えながら、頭を下げている。


その様子を能面のように無表情で見下ろしている淀殿。

彼女が静かに、しかし威圧するように三成に話しかけた。


「この芝居は、全て殿下がお考えになったものです。

この意味分かりますね?

豊臣は内府と治部の仲介を致します。

これ以上互いに傷つかないように、頭を下げるのは今しかありませんよ」



三成は頭を下げ、淀殿の顔を見ずに絞り出すように申し上げる。


「…しかし、明らかに非があるのは内府殿の方。私から頭を下げるというのは…」


その時…三成の煮えきらない態度に、秀頼の顔色が一変した。


「治部少輔!このわからずや!亡き太閤が小牧で泥水を飲んだ事を無駄にするつもりか!」


知るよしもない小牧長久手の戦いを引き合いに出して、三成を一喝した秀頼…

三成は額に汗を浮かべながら、そんな秀頼の怒りに赤く染まる顔を見上げるしかなかった。




なお余談ではあるが、先ほどの芝居…

千姫への秀頼からの指示は、「俺の話を聞いた後に、頬を張ってくれ」だけだったらしい。

訳も分からずに罵倒された彼女にとっては受難としかいいようのないものであった。


稚拙かもしれませんが、現実的に出来ることの限界かと思い、このようにしました。


今後も少しやきもきした展開が続くかもしれません。

ご了承ください。


歴史的な矛盾は多くあると思いますが、素人が書いているものなので、暖かい目で見ていただけると嬉しいです。「フィクション」と割り切っていただけたら助かります。

これからもよろしくお願い申し上げます。

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