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理想の学府を目指して⑦秀頼の布石

久々に秀頼視点になります。


そして今までのおさらいも兼ねたお話です。


◇◇

黒田如水、加藤清正、石田宗應、明石全登、堀内氏善、大谷吉治、桂広繁…

この七人との出会いによって、俺、豊臣秀頼が生き残りと豊臣家の繁栄、ひいては日の本の民全員を豊かにする為に打てる手が格段に増したことは確かであった。


そして、その関ヶ原の戦いも終わり、豊臣家への仕置きも決まった今、落日の豊臣家が叩きつぶされる戦いとも言える、大坂の陣…

史実においては十四年後に起こるであろう徳川との一大決戦への備えこそ、俺、豊臣秀頼にとって最重要な事であることは明白だと思っている。


この決戦への備えをどうするか…


大坂城の本丸から出る事も出来なければ、自由に大名たちと面会する事もかなわない状況に変わりはない。

しかし、関ヶ原の戦いの時と比べて決定的に違っているのは、残された時間がまだ十年以上先であるという点と、戦国時代きっての優秀な武将たちが味方となって動いてくれるという点だ。


この状況を活用して、どうにかして大坂の陣を切りぬける為の布石を打つことを考えている。



では、いかにして大坂の陣に向けての布石を打っていくか…


その答えは「二つの目標」によって異なる、と考えた。


すなわち、一つ目の目標…これが今のところは優先されるものではあるが、それは

「大坂の陣を回避する」

というものだ。


関ヶ原の戦いの時も、戦の回避に奔走し、ものの見事に失敗に終わったわけではあるが、性懲りもなく大坂の陣においても、その回避を目論んでいるわけだ。


しかし、実際に本で読んだだけであった「戦争」というものが、想像以上に残酷で悲惨なものであると体感した今、

「やはり戦争は起こさないにこした事はない」

という、当たり前とも思えるような平和主義的な考えが、現実感とともに身に沁みていたのだ。


つまり理想を言ってしまえば「戦わずして勝つ」というのが、本音であった。


だが同時に、「徳川の治世」が迫っているのは、もはや必然とも言えることであり、このまま手をこまねいていては、「戦わずして勝つ」はおろか、むしろ「戦わずして負ける」こともありえる、という強い危機感がある。

それほどまでに、実際に対面した徳川家康という歴史上の英雄は、俺がまともに相手出来るような人物ではないと、ひしひしと直感していたのであった。


そうなると取れる選択肢はただ一つ

「戦えば大きな痛手をこうむる」

と相手に思わせることで決戦を回避し、交渉によって豊臣家を立たせよう。


ではどうすれば、そのように相手に感じてもらえるか…


その答えとして、「軍事」と「政治」そして「経済」の三点において、今よりも強大な存在となったらどうか、と考えたのである。


そこで「軍事」を強める為に、黒田如水の進言もあり、豊臣家に肩入れする大名を増やす事にした。その為に、その如水を始め、清正と広繁を九州に送り、兵の強さでは随一とも言える立花と島津を引き入れようと画策した。

そして、当初の目論み通りに、豊臣家に恩義を感じさせながら、柳川城を死守する事が出来たので、現時点では一応の成功と言ってよいだろう。

もちろん家康もこのまま黙って九州から手を引くことはしないだろうから、次の彼の行動に対しての準備は必要だと思っているが、豊臣家の補佐のもと、その二度目の柳川城侵攻を乗り切れば、立花と島津は完全に豊臣の味方となるだろうと見通していた。

そして立花と島津が味方となれば、九州において豊臣が大きな影響力を残すこととなり、そこを足掛かりに福島正則がいる中国、浅野幸長の紀伊、東北の上杉、佐竹と全国各地に味方となりそうな大名たちを取り込んでいければ、「軍事」は相当強力になると、楽観的に考えていたのだった。


さらに「政治」について言えば、とにかく善政を敷き、民の生活を豊かにしようと考えている。しかし残念な事に俺には民の生活を豊かにする為の知識に乏しい。

もう少し江戸時代以降の農民や漁民の生活や道具について、勉強しておけばよかった…まさに後悔先に立たずである。

そこで学府を作り、今までにない西洋の技術や知識を取り入れた上で、この時代では画期的な何かが生まれないかと考えたのだ。

そして優秀な人材を育てる寺子屋を建てることで、ゆくゆくは全国でその寺子屋の出身者が活躍してもらえれば、豊臣家の名声も高まるのではないかと考えたのである。

それを石田宗應と明石全登に全て任せることとした。


最後に「経済」については…これは成功するかどうかは、ある種の賭けとも言えた。

というのも、既に豊臣家には莫大な資産があり、経済面において徳川家に見劣りするとは思えない。そこでさらにその差を広げる為に、日本国外にそれを求める事としたのだ。

つまり貿易による経済力の強化であった。

もちろん、この頃から港は徳川が牛耳っており、豊臣が日本と海外の貿易に手だしをするのは、限定的となってしまうだろう。

しかし…

海外に拠点を置いたなら…

そんな風にぼんやりと構想を練っていたのである。

もちろん海外で散財するわけにはいかないので、慎重に事を進めないとならないと思っているが、一発大きなものを当てれば、かつてのヴェネチアやジェノバのように、経済力で海外から徳川に圧力をかけられるのでは…と勝手に妄想を膨らませていたのだ。

その足掛かりとして、造船技術と航海術の進歩は絶対に必要であり、学府での研究と、堀内氏善と大谷吉治が主導で進める漁船の開発によって、それを進めていこうと考えていたのであった。



こうして、豊臣家の強化により、徳川との決戦を回避する取り組みは、七人の行動によって、徐々に進んでいった。



そして、もう一つの目標…それは単純にして明快で、

「大坂の陣で勝利する」

というものである。


この点については、もはや綺麗事だけで事を進めるわけにはいかない。

なぜならそもそも決戦を回避出来ない時点で、徳川方には勝算があると踏まれてしまっている事を意味するからだ。

その勝算を打破するには、なりふり構っている場合ではない。

そして俺の知る大坂の陣の顛末は、小説による知識に偏っており、それが真実であるかなど分からないので、固定観念や先入観を抜きにしながら、目にした事や聞いた事と知っている事を重ね合わせて布石を打っていこうと考えたのだった。


そこでまずは、大坂城の防御の強化に取り組むことにした。


しかし、今ある大坂城を改築するような、あからさまな工事をしては、徳川に「敵意あり」と目をつけられることは明白である為、大坂城の周辺の強化、から着手することにしたのだ。

すなわち「弱点の強化」であった。


小説では「大坂城は南が弱点」と読んだ記憶がある。その事について、九州へ発つ前の如水と広繁にその事を聞いてみたところ、やはり彼らも一様に

「南」

と答えたのだ。


ふむ…これは小説の通りか…

と何か雲が晴れたような気分になる。


そこで俺は、大坂城の南側に「支城」を作ることにした。だが、これもまたあからさまに城を造っては、徳川にたちまち威圧されるに違いない。

そこでこの頃大量に大坂城に流れてきている土佐の一領具足たちに一役買ってもらうことにした。

つまり彼らに大坂城の南側に畑を与える代わりに、彼らの武器を預かることにしたのだ。そしてそれを一箇所に集め、その「武器庫」という砦を厳重に守る堀を作る…

実はこの考えは、霧隠才蔵を通して、宗應に相談を持ちかけたところ、彼から出てきた案であった。


さすがはかつての石田三成だ。

と思わず感嘆してしまう。あまりに素晴らしい考えだったので、思わず返答の書状に千姫にあげる予定であったコンペイトウを添えて贈ったのだが、それは彼女には秘密のことである。


そして今…


その事を家康からお墨付きを得てきた事を宗應が報告しにやってきたのだ。


「よくやった!!さすがは宗應!」


と、俺は思わず彼に飛びつきながらその喜びを爆発させた。


「お褒めに預かり、光栄至極にございます」


そんな俺のまとわりつきにも動じることなく、宗應は穏やかに礼を言った。


「早速清正殿が九州から戻ったら、縄張り作りをお頼みになられればよろしいかと…」


と、宗應は俺に早くも次の事を助言する。


「おお…そうであるな!

まさにお主こそ、秀頼に過ぎたるもの、である!」


「かようなお言葉…ありがたき幸せにございます!」


と、宗應は顔を赤らめて声を大きくしていた。

そんな宗應から少し離れると、彼の背後に腰を下ろしてにこやかな表情を浮かべる老人に目を向けた。


「ところで、お主が大崎玄蕃殿ですかな?」


「いかにも、それがしが大崎玄蕃と申します。以後お見知り置きを…」


「おお!そうであったか!

いやはや、まるで蚊帳の外にしてしまったようで、すまぬ!

ささっ!こちらにお寄り下され!」


と、俺は宗應の隣に座るように手招きすると、その誘いに玄蕃は一礼して、すすっと近づいてきた。

俺は彼の事をじっと見つめると、彼も目を逸らさずにこちらを見ている。


これは俺が「ある事」を確かめる為の儀式なのだ。


実はこの頃、俺は自分の…いわゆる豊臣秀頼の中に眠っていた一つの不思議な能力の存在に気づいていた。

もっと正確に言えば、初めて徳川家康と対面した時に、眠っていたこの能力が目を覚ました、といってもよいだろう。


それは…


人の目を見ると、その人物の『器』の大きさを感じることが出来る…


というものだ。

家康の目を見た時に、目眩を起こす程の圧迫感を感じたのは、この能力によるものと思われた。


これは俺が秀頼となるずっと前から、「過去の豊臣秀頼」が、物心ついた頃から、多くの人間を見て、多くの人間から虚飾ばかりの言葉をかけられてきたからこそ身についた能力なのかもしれないと思うと、何だか胸にくるものがある。


「嘘」で固められた人々の中にあって、「本当」を必死に見つけようと、相手の目をずっと見てきたのだろう…


彼を一人の人間として扱ってくれる人を待ちわびていたのだろう…


何人も、何人も…


彼はその度に、人形のような表情で相手の目をじっと見つめてきたのだろう…


それでもぬぐえない、


寂しさと、虚しさ…


この二つから逃れようと必死になってもがき苦しんだ秀頼だからこそ身についた、本物を見抜く力…


その力が目を覚ましたのは、俺が秀頼となってからだったのだろうか…それとも、既に持ち合わせていたものなのか、それは分からない。


しかしこの能力が発揮される度に、胸の中で締め付けられるような寂寥感に襲われるのは、幼いうちから秀頼が孤独な思いをしてきた証とも思えるのだ。


そして今、その能力をもって大崎玄蕃という人の『器』を覗き込んでいた。


「やはり…」


と、俺はその結果に思わずため息が漏れる。

宗應が不思議そうに、そんな俺の様子を見て問いかけてきた。


「秀頼様?いかがされたのですか?」


「ふむ…実は…いや、よしておこう」


と、俺は口に出しかけた事を、ぐっと堪える。


この大崎玄蕃という男から感じた『器』…


それは数々の修羅場をくぐり抜けてきたような、重みを感じるものであった。そして、自分のせいで多くの人間を亡くしてしまったことへの罪悪感を含んでいる。

さらに言えば、自分の責任で何か大きなものを失わせてしまったことへの、贖罪していく気持ち…


そして俺の知る、大崎玄蕃という歴史上の人物の伝承を照らし合わせると、浮かび上がってくる彼の正体…


それを口にしかけて、俺は止めた。


なぜなら、彼の瞳がそれを望んでいないように思えたからだ。


もし一人でもその正体が暴露されてしまえば、彼は再び歴史の表舞台から姿を消さねばならないだろう。

だが、彼はそれを望んでいるように思えないのは、彼が今置かれている立場や課せられた仕事に対して、希望を持ち、充実した日々を過ごしているからなのかもしれない。

そう解釈した俺は、玄蕃に一つだけお願いした。


「来年の初夏に今一度ここに来てはいただけないだろうか?

そこでお主にお頼みしたい事があるのだ」


その願いに玄蕃はにこやかな表情のまま頭を下げた。


「かしこまりました。来年の初夏の頃、今一度ここに参上いたします」


「ふむ、六月に入った頃がよい。それまでに、用意したいものがあるのだ。

その時は、玄蕃殿がお一人で来られるとよい」


「あい分かり申した。では、また六月にお会い出来る日を楽しみにいたしております」


「ふむ!会えて嬉しかったぞ!玄蕃殿!」


「こちらの方こそ、お顔を拝謁出来ただけでも光栄な事にございます」


と、頭を下げた玄蕃は、その後すぐに宗應と二人で部屋を出て、京へと戻っていったのであった。


俺は天守の最上階より、馬にまたがる彼らが見えなくなるまで、その背中を見送っていた。


「やはり馬に乗る姿が宗應よりも様になっているな…

さすがは、甲斐の雄だ」


そう…大崎玄蕃の正体…


それは、


武田四郎勝頼…


「甲斐の虎」と称された武田信玄の息子であり、武田家最後の当主、その人であると俺は確信していた。


そして、俺が彼が「武田勝頼」だからこそ頼みたい二つのことがある。


それは大坂の陣で勝つための布石。


そしてその二つとも、一か八かの勝負とも言えるような、突拍子もないことなのであった。





大崎玄蕃という人が土佐にいたという事自体が伝承に近いものではあります。

しかし現在でも「玄蕃踊り」や「玄蕃太鼓」は、この大崎玄蕃から伝えられたとされており、玄蕃踊りは信州塩尻の伝統的なものとのことです。


武田勝頼が土佐の武田氏の流れをくむ、香宗我部氏を訪ねて落ちてきたという説があり、言わば伝説のようなお話を採用したわけにございます。(香宗我部氏は土佐七雄の一つで、長宗我部氏に恭順いたしておりました)


さて、次回はその玄蕃がメインのお話になります。


どうぞこれからもよろしくお願いします。


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