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脱出作戦⑦おかえりなさい

本当は終幕にしたかったのですが、思いの外長くなってしまったので、区切りました。


どうぞご一読願います。

◇◇

慶長6年(1601年)5月の終わりーー


真田信繁あらため、真田幸村は今、大坂城の本丸に続く木橋の上に立っていた。

既に彼に連れ添った家族たちは、城下の屋敷の前で別れ、彼一人で大坂城内にいるであろう豊臣秀頼や淀殿に恩赦の礼と、奉公の挨拶にやってきたのであった。


幸村がこの城から上田城へと出て行ってから、まだ一年も経っていないのに、随分と懐かしく感じるのだから不思議なものである。


「ふう…さて、みなさまはお元気にされておられるでしょうか…」


と、誰にともなく幸村は目の前にそびえ立つ天守閣を見上げて言った。


昨日まで降り続いていた雨は、今朝からすっかり上がり、晴天から覗く太陽の光は、既に夏を思わせる。

うっすら額に汗が浮かぶのは、この陽射しのせいなのか、それとも高鳴る胸の鼓動がそうさせているのか、自分でも判断がつかなかったのだった。


初めて見上げた十年以上前の大坂城と、今こうして見上げている大坂城では、全くその景色が異なっている。

もちろんそれは城郭が変化したことによるものではなく、それを一言で表すなら、「背負っているものが異なっている」となるだろう。


彼は父昌幸から真田の未来を託されたというのもある。しかし同時に、亡き義父大谷吉継を始めとして、様々な人々の厚意によって蟄居の身を解かれたからには、全身全霊を持って豊臣家の未来を守らねばならぬという強い責任感が芽生えていたのであった。

もちろん、自分にどれ程の事が出来るのかは、まだ分からない。

しかし託された想いを胸にしまい、これからは豊臣秀頼のことを、命を懸けて守ろうと固く決意したのだった。


そして…

その奥に控える、淀殿のことも…


いつものことながら、彼女のことを考えると、ぐっと胸が苦しくなり、同時に例えようのない寂しさが襲ってくる。

それは彼女の瞳の奥底にある、彼女が自ら求めた孤独と、それとは裏腹とも言える、さながら幼子のような強烈は求愛を思い起こすからだ。

幸村にとって彼女もまた守るべき存在であり、いつしかその孤独から解放される日が来たらよいと願っていたのであった。


そんな逡巡をしているうちに、木橋は終わりを迎え、目の前には本丸と二の丸の境界を示す大きな門が見えてくる。その門は大きく開かれており、幸村の帰還を快く出迎えてくれているような気がした。

しかし幸村はその手前で足が止まった。


「ここをくぐれば…」


その荘厳にして美麗な門とは正反対と言える厳しく血生臭い戦いがこの先待ち構えているに違いない。未来の英雄といえども、その中に一歩踏み込む事に、わずかな躊躇いを覚える。


「よし!行くか!」


それでも彼は胸に秘めた想いを勇気に変えて、門の中に一歩足を踏み入れた。

この小さな一歩に、彼は並々ならぬ覚悟と、大きな気負いをこめていたのである。



「相変わらずしけた顔をしている男だねぇ」



…と、門をくぐるとともに、突然女性の声で、いわれのない悪態をつかれた。

穏やかな顔の幸村であったが、内心ではむっとして、その声の主の方を見る。

するとその女性は門を背にして腕を組んで立っていた。

くっきりとした目鼻立ちの美女で、すらりと伸びたその背は、幸村よりも少し低いが、世の女性たちに比べると随分と高い方であろう。


その女性を一目見て幸村はそれが誰であるか即座に分かると、思わず後ずさりして門の外に出てしまった。


「ど、どうして甲斐殿がおられるのです!?

殿下がお亡くなりになってからは、鎌倉の寺に入ったのではなかったのですか!?」


「入ったさ」


「じゃあ、どうして!?」


普段滅多な事ではたじろぐ事などない幸村であったが、その甲斐という女性の前では、平静を保つことが出来ず、声が上ずっている。

それもそのはずだ。

なぜなら、幸村にとっては忘れもしない、世の女性の中で最も苦手な女性であったからである。

その理由を紐解くには、太閤秀吉の小田原城攻めに参戦した時まで遡る。

この時、幸村は石田三成を総大将として、義父大谷吉継とともに、忍城を攻めた。

しかし忍城の寡兵は、大軍の石田軍を散々翻弄すると、ついには小田原城の落城まで持ちこたえたのである。

その忍城を守っていたうちの一人がこの成田甲斐という女性であり、その武勇と美麗さに惚れ込んだ秀吉が、後日側室として迎えたほどの器量の持ち主であった。


大坂城に入ってきた後も、奔放な猫のような彼女は、秀吉の馬廻りである幸村を何かにつけて翻弄したのであった。


そんな彼女を、まるで腫れ物を触るように警戒する幸村の様子を見た甲斐は、不機嫌そうに答えた。


「ふんっ!それじゃまるで、亡き太閤殿下の側室であったわらわが、大坂城にいては悪いことのような言い回しであるな!?そうなのか!?源二郎」


ぐいっと顔を寄せてくる甲斐に対して、顔を一層青くした幸村は、


「いやいや!滅相もございませぬ!」


と、慌てて否定した。

その様子を白い目で見た甲斐は、相変わらず不機嫌そうに幸村の質問に答えた。


「まあ、お主にどう思われようと、わらわには関係ないわ。

わらわは、淀殿に呼ばれたのだ」


「淀殿に!?」


思わず声が大きくなる幸村に対して、甲斐は冷笑で返した。


「ははは!相変わらず分かりやすい男だのう。

わらわというおなごを前にして、他のおなごの事で顔を赤らめるとは!」


「お待ちくだされ!それはどういう…」


必死に何かを否定しようとした幸村であったが、その間に甲斐はくるりと背を向けると、大坂城の方に向き直った。


「積もる話は後にしてくれ。

わらわは仕事をしなくてはならぬ」


「仕事!?」


幸村が相変わらず甲斐に翻弄されっぱなしのまま、彼女の言葉に思わず問いかけると、彼女は顔だけ彼に向けてニンマリと笑った。


「しつけの時間なんでね」


すると大坂城の方から数名の少年が門に向かって駆けてくるのが、その足音で分かった。まだ甲斐と幸村に気づいていないのか、大きな明るい声が聞こえてくる。


ーー秀頼様!やりましたね!!脱出成功です!!

ーーあはは!!あの鬼も捕まらねば怖くない!

ーーさすがです!秀頼様!甲斐殿が出かけた隙に、作戦決行とは…考えましたね!!

ーーであろう!名付けて『鬼のいぬ間に洗濯』作戦!成功じゃあ!!あはは!!



そしてその声が大きくなってくる。



「よし!!皆の者!すすめぇぇ!!」


ーーおおっ!!



少年たちの喜びに満ちた明るい声を聞いた幸村は、不思議と安堵感に包まれた。

子供たちが元気に走り回れる世が、どれだけ幸せに満ちたものなのかを、あらためて実感したのである。


「守らねばならぬ…な」


今度は全く気負いなどなく、自然と出てきた言葉であったことで、彼は大切なことに気付かされた。

それは「守らねばならぬ」という自分に課した重荷のような責任のもとではなく、「守りたい」と自ら追い求める姿勢こそが、心も体も軽くするのだ、ということだ。


そんな感傷的な気持ちに浸っている幸村の目の前では、既に阿鼻叫喚の光景が繰り広げられていたのだった。


「誰が『鬼』だってぇ!?この無礼者!!」


まさに鬼の形相で少年たちの尻を蹴飛ばして、その動きを止めている甲斐。

そんな甲斐に、秀頼が涙目で抗議する。


「ぎゃぁぁぁ!なんでここにいるのじゃ!?」


「ははは!!敵をおびき出す策とも知らずに、のこのこ出てきおって!!

そんな事では、戦に勝てぬぞ!!」


高笑いした甲斐に向かって指差して秀頼は悪態をついた。


「ずるいぞ!ひきょう者!!」


しかし甲斐はその悪態にも、ニヤリと笑って返した。


「覚えておけ!『ひきょう者』とは褒め言葉である!!

さあ!おしおきの時間だ!!」



甲斐はそう宣言すると、取り出した袋竹刀を、なおも逃げまどう少年たちの尻に、容赦なく打ち込んでいく。

するとようやく幸村の存在に気づいた秀頼が、涙ながらに幸村に訴えた。


「ややっ!そこにいるのは、信繁ではないか!

俺を鬼から守っておくれ!!頼む!」


しかし…


「無理にございます。何事も諦めが肝要かと…」


と、先ほどの決意はどこ吹く風といった感じで、即座に拒否する幸村。

そんな彼を見て秀頼は、


「この、ひきょうものぉぉぉ!」


と苦し紛れの悪態をつくのであった。



………

……


「よく戻ってきましたね。おかえりなさい、源二郎」


「ただいま戻りました、淀のお方様」


大坂城に入った幸村は、「忙しい」秀頼よりも先に、奥にいる淀殿に挨拶をすることにした。

妖艶な香の匂いが漂う部屋に入ると、少年たちの光景に気が抜けていた幸村であったが、急にその身も心も引き締まる。


ああ…戻ってきたのだな…


と、この部屋の匂いで彼はあらためて実感したのだ。

そして目の前の淀殿…

その吸い込まれそうな魅力は全く変わってはいない。だが、目の周りの彫りが少しだけ深くなったような気がするのは、気のせいだろうか…


頭を下げてかしこまる幸村に対して淀殿は穏やかな表情で問いかける。


「ふふふ、源二郎…覚えてますか?」


「何を…でごさいましょう?」


問いかけに対して問いで返した幸村に対して、つつと近寄る淀。

その彼女の接近に対して、以前と同じように、体が動くことを否定した。

ついには顔を真横にまで近づけた淀殿は、幸村の左耳にそっとささやいた。


「わらわの事は、茶々、と呼んで欲しいと…」


顔に燃えるような熱を感じた幸村は、言葉を発することすら出来ない。

再び少しだけ離れた淀殿は、そんな幸村を見て、どこか嬉しそうに微笑むと、


「相変わらずですね、源二郎は。

ふふ、では…」


と、言いかけたところで、幸村の左手の上に自分の両手を静かにおいた。


「秀頼ちゃんのこと、くれぐれもお願いしますよ」


その時ーー


幸村は、今度は驚きのあまり言葉を失い、先ほどまではまともに覗くことすら出来なかった淀殿の顔を凝視した。


なぜなら…


その握った手が、燃えるように熱かったからである。


そこから感じる想いはただ一つーー


懇願。


そして見つめた彼女の瞳からは、同じような炎の輝きに包まれていた。


事実、幸村はこれほどまでに気高い女性と会ったことなどない。

どんな大舞台であっても背筋を伸ばし、表情を変えないこの淀殿という女性に幸村は畏怖の念を抱いていたのだ。

だがどうだろう…

今目の前にいる女性は、まだ幼い息子を遺して夫に先立たれた、一介の哀れな未亡人そのものではないか。

幸村の知る淀殿はこのような弱さを見せる人ではない。それゆえ、この姿こそが『虚像』なのかもしれない。

しかしその弱さすら、引き込まれそうな不思議な魅力を醸し出している。

そして幸村は、今ならその魅力に引き込まれてしまってもよいだろうと思えた。

それはすなわち、彼女の懇願に、「愛する息子を守って欲しい」という一人の母としての想いに、心から応えてやりたいと思ったのだ。


自然と幸村の口から言葉がもれる。


「お任せください、淀のお方様…」


「源二郎…あの子に見えている未来では、わらわたちや大坂城はどのようになっているのでしょうか…」


「それは…」


幸村の言葉がつまる。

それは例え未来を知っている秀頼でなくとも、現在の情勢を見れば、豊臣家の行く末が決して明るいものではないことは、明確であるからだった。


「わらわの『夢』は、あの子に幸せな未来を見てほしいということ」


「それがしも同じにございます」


「それと…叶うならば…許されるならば…わらわも…」


そこまで言うと淀殿の言葉が止まり、幸村の顔を見つめる瞳が、ほのかに今までとは違う色を映し始めた。そこにはさがなら解放を願う囚われ人のような願いを込めた色である。

そして幸村の左手に置かれた両手の温度がさらに上昇している。


「わらわも…」


なおも口ごもる淀殿、そしてその瞳をそらさずに見つめる幸村。

二人の高なる胸の鼓動が、傍からでも聞こえてくるほどに大きくなったその時…



「ごほんっ!!!」



わざとらしい咳払いとともに、ハッとした幸村は淀殿の手が乗せられていた左手を引っ込めた。

そしてその咳払いの持ち主の方を見ると、そこには先ほどまで城門で秀頼たちの「しつけ」をしていた甲斐と、その後ろに若い女性が控えている。


その様子を見て、幸村の顔の熱は一気に冷却され凍りついた。


その後ろで控えている女性…名前は安岐…

幸村の正室である彼女が、般若のような表情で、幸村と淀殿の事を見つめていたのだ。


「げっ!安岐!!どうしてここに!?」


と、思わず幸村の声が上ずった声を上げると、後ろに控えていた女性が前に出てきて、静かに答えた。


「お屋敷の方は、他の者にお任せして、わらわは淀殿に夫のことをよろしくお頼みいたしたく、ここまで来たという訳にございます」


安岐の声が冷たい…

普段は優しく穏やかな彼女であったが、その声色からして怒りに満ちているのが、女性のこととなると、てんで疎い幸村であっても即座に理解できた。


「そ、そうであったか!では、それがしは話が済んだゆえ、おなご同士でゆっくりしておくれ!」


と、幸村は淀殿に一礼すると、すぐさまその場を立ち去ろうとした。

すると安岐はそのすれ違いざま、幸村の方を見ずにつぶやいた。


「おまえさん」


「な、なんだ?」


「まさか当主である秀頼公のお母上様とねんごろな関係ではございますまいな?」


「ば、ばかなことを申すな」


「くくく…そうですよね。もしそのような筋の通らぬ不埒者であれば…」


「あれば…?」


「父、大谷刑部の名において…くくく」


「そ、そ、そんな心配は無用!では、それがしは失礼する!」


と、幸村は逃げるようにしてその場をあとにしたのだった。



………

……


「あんたはどうにも締まらない男だねぇ。

どうしてこんなしけた男を秀頼公は、是が非でも側に、と所望されたのやら…」


と、甲斐はため息まじりに幸村に言うと、彼は肩を落として、こちらもため息をついた。


「返す言葉もござらぬ…」


今彼らは秀頼の部屋へと向かっていた。「しつけ」された秀頼が、幸村にあいさつがしたいと希望しているということなのだ。

秀頼の養育係である甲斐は、淀殿や千姫らのいる大坂城の奥は「居心地が悪い」ということで、幸村の案内をするという名目で、彼とともに廊下を歩いていたのだった。

「言っておくが、こたびのお主の赦免において、秀頼公も淀殿もかなり骨を折ったのであるぞ」


「そうでしたか…ありがたいことです」


そう言うと、幸村の表情が引き締まり、厳しいものへと変わった。

甲斐も真剣な顔つきで、


「そのことよく心に刻み奉公せねばならぬと思うぞ」


と、幸村に釘を刺したのであった。


「おっしゃる通りにございます」


口元をきゅっと締める幸村。先ほどまでのどこか頼りない雰囲気とは全くことなる、太い芯の通った力強い雰囲気に、甲斐は少しだけ口元を緩めて、つぶやいた。


「なるほどな…だが、そうなると、やはり…」


何やら納得した表情を浮かべる甲斐に対して、幸村はたずねた。


「やはり…と申しますと?」


「いや、ただ疑問に思ったことがあってな」


幸村はこの時点で嫌な予感がしていたが、恐る恐るたずねた。


「その疑問とは…?」


すると甲斐は幸村に鋭い視線を向けて言った。



「秀頼公は一体何者なのだ」



幸村はその言葉を予感していて、心の準備をしていたが、それでもいざ耳にすると、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。それでも何とか穏やかな表情を保っていられたのは、普段の鍛錬のたまものであったのかもしれない。


「秀頼様は秀頼様でございましょう…それ以外はありえませぬ」


と、彼は過去も口にしたことがあるような事を言った。

そんな彼に対して、相変わらず鋭い視線を向けていた甲斐であったが、ふとその視線をそらして、穏やかな口調でつぶやく。


「そうか…そうであったな」


幸村は「どうやら誤魔化せたようだ」とほっと胸をなでおろし、入りっぱなしだった肩の力を抜く。しかしその瞬間を甲斐は見逃さなかった。


「難局を乗り切ったときに大きな隙が生まれるものだぞ、源二郎。

お主…何か知っておるな?」


その言葉に幸村の眉がぴくりと動く。しかし彼はそれでもしらを切り続けた。


「さあ…それがしは何も、存じ上げませぬ」


と、声色も表情も変えずに甲斐に答えた。すると甲斐は、今度は本当に追及を諦めたのか、肩をすくめた。


「そうであったか…まあよい。

例え秀頼公が何者であったとしても、わらわのすべきことは変わらぬからな」


「はて…それは?」


甲斐は再び口元を緩める。その表情はどこか晴れやかでありながら、並々ならぬ決意に満ちたもので、幸村は思わず目を見開いてしまった。


「しつけ…だよ。わらわは秀頼公を日の本一の男にしてみせる」


日の本一の男…幸村はその雄大とも言える言葉に、思わず圧倒された。


「なんと…それはまた大きな事を…」


「あはは!おい!源二郎!わらわの言葉をたわ言だと思ったであろう!」


「め、滅相もござらぬ!」


「よいよい!わらわも『今は』たわ言に過ぎんと思っているさ。

あのどうしようもない甘ったれを、徳川内府殿にも劣らないような男にしつけるなど、どこぞの夢物語としか思えないからな!

だが…」


そこで言葉を切った甲斐が、どこか懐かしむように遠い目をする。

そして、その言葉の続きを、彼女の熱い胸の内を語った。


「だが、それこそ、亡き太閤殿下の恩義に報いることだと思っておるのだ。

それに、息子が父親を超えねば、家は大きくならんであろう。

お主には笑われてしまうかもしれぬが、わらわも豊臣家の一員である。

その誇りにかけて、この『夢』は必ず叶えたいのだ」


この言葉は、幸村の胸に強く響いた。

そして同時に、「ああ、この人もそれがしと同じなのだ」と、強い親近感を覚えたのである。


そう…


豊臣秀吉という稀代の英雄に惚れた者同士なのだ…と。


今までの彼女に対する印象は、「手に負えないわがまま猫」であり、その扱いに幸村だけでなく、太閤秀吉もたいそう苦労していた。

そんな彼女の事で幸村が思いだされるのは、悪戯そうな小憎たらしい笑顔だけであったのだ。

しかし、皮肉なことに夫である秀吉が亡くなった今、彼女にその笑顔の面影は消えていた。

そしてその代わりに浮かんでいたのは、「豊臣家を強くする」という決意にあふれた、凛々しいものであり、その事は幸村の気持ちをさらに引き締める綱となったのだった。


「さあ、着いたぞ」


と、甲斐は秀頼の待つ部屋の前で足を止めた。


「甲斐殿は御一緒されないのでしょうか?」


「わらわはここで失礼する。秀頼公もわらわの前では、飼い猫のように大人しくなってしまうであろうからな」


「そうですか。では、これからよろしくお願い申し上げる」


と、幸村は甲斐に対して、軽く頭を下げた。

すると、甲斐は、そんな幸村に対して、


「こちらこそ、共に秀頼公を…いや、豊臣を盛りたてていこうではないか!」


今まで見たこともないような眩しい笑顔を向けたのだった。




ここに、豊臣家にとって、希望の光となる『槍』と『盾』が一つになった。


どんな難敵をも跳ね返す無双の『盾』に、未来の鳳凰、真田幸村。

そして、どんな難局の荒波も切り開く強さを与える『槍』に、浪切りの姫、成田甲斐。


秀頼を長き戦いに渡って支えることになる二人が想いを一つにした瞬間であった。





秀頼の未来を照らす光として七星を、そして今度は秀頼自身が戦っていく為の武器として、彼を成長させ、そして共に難局に立ち向かう者として、真田幸村と成田甲斐を選びました。



真田幸村については、その名の知れた人物ですので紹介を割愛させていただきますが、少しだけ成田甲斐について紹介させていただければと思います。


秀吉の小田原城攻略に際して、彼女のいた忍城も攻略の対象となり、石田三成が率いる二万以上の大軍が攻めてきます。

水攻めに失敗し、力攻めで押し寄せる石田軍に対して、甲斐姫はわずが二百の兵を率いて『浪切』という刀を片手に突撃し、敵兵を自らの手で数名仕留めると、敵軍をたじろがせたとのこと。その後は秀吉の側室となって、秀頼の養育係となったとの説もあるようです。



次に、幸村の正室の名前についてになります。

大河ドラマでは、「春」としておりましたが、明確な名前は残されていないようです。

「安芸」はその一説です(こちらも架空の名前のようですが…)

なおその読み方は「あぎ」になります。

しかし漢字そのものは、「あき」とも読めますね。

その「あき」から「はる」が連想されたのでしょうか…


最後に「袋竹刀」。

こちらは剣の稽古に、従来は木刀が使われていたのですが、怪我も多く、かなり危険であったようです。

そこで考案されたのが、「袋竹刀」とのこと。

その考案者は、剣聖で名高い上泉信綱。

その構造は、竹を割ったものを、鞘を保護するために使用していた革を被せて、筒状に縫い合わせたものとのことです。

これによって寸止めの稽古から、本気で打ち込む稽古が出来るようになったそうです。

ただし、本気で打ち込まれれば、相当痛いようですが…

なお、現在の竹刀が出来たのは、江戸後期のようです。



さて、次回はこのシリーズの終幕の「再会」になります。


これからもどうぞよろしくお願いします。




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[気になる点] 誤字報告です それは彼女の瞳の奥底にある、彼女が自ら求めた孤独と、それとは裏腹とも言える、さながら幼子のような強烈は求愛を思い起こすからだ。 強烈は求愛→強烈な求愛
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