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脱出作戦①はじめの一歩

少し長くなってしまいました…

では、よろしくお願いいたします。

………

所変わって、大坂城ーー


俺、豊臣秀頼は今、猛烈に失望している。


なぜならこの時代に転生してきて、最もやりたかった事の『夢』一つが叶わなかったからだ。


「秀頼様、元気を出してくだされ!折角だから、ぱあっと楽しみましょう!ぱあっと!」


そう俺を励ましたのは、同い年の木村重成。

まだ幼い彼ではあったが、その容姿は端麗で、言動も優秀だ。とても七歳とは思えない程に気が利き、気遣いも出来るのだ。

どの時代にも、この手の優等生というのはいるらしい。彼はまさにそれに該当するに相応しい人物であった。

ちなみに昨年の暮れあたりから、俺が城内の同じような年頃の者たちと仲良くするようにとの淀殿の配慮から、俺は重成たちが暮らす部屋への出入りを許されている。

俺は今そこで愚痴をこぼしている真っ最中なのだ。


そしてそんな重成に対して、一人の少年が抗議する。


「俺も秀頼様と同じで、行ってみたかったなぁ!

なんでよりによって大坂城で花見なんだよなぁ!?」


「これ!治徳!おかか様のお決めになった事であるぞ」


そう重成は、治徳と呼んだ少年を叱りつけた。

この少年も、俺と同い年で、今や豊臣家の重臣の大野治長の息子、大野治徳である。


「なんだとお!重成は、秀頼様の味方ではないと申すか!!」


「味方とか敵とかいう問題ではなかろう…これだから…」


「これだから、とはなんだ!!?」


この治徳は幾分か猪武者のきらいがあり、言ってみれば、福島正則に似た気質の持ち主で、不器用な男なのだ。

なんでも上手にこなす器用な重成とは全く馬が合わず、いつもこんな風に喧嘩となってしまう。


俺は、面倒ではあるが穏便にことを済ませようと、


「まあまあ、二人とも落ち着け。

確かに母上のお決めになった事であるゆえ、それに従わねばなりますまい。

しかし、俺はまだあの関ヶ原の合戦以降、一度も大坂城の本丸すら出た事がないのだ…

花見の時くらいは外へと繰り出したいという気持ちに変わりはないのだ…」


と、二人の間に立ち、正直な気持ちを吐露した。

すると背後からまた異なる少年の声が聞こえる。


「秀頼様。それであれば、この堀内氏久が秀頼様を外にお連れいたしてみせましょう」


「なにっ!?」


と、その場にいる全員の目が、その堀内氏久という少年に注がれた。

彼は大谷吉治が連れてきた、堀内氏善の息子だ。

熊のような容姿で、何もかも豪快な父親の氏善とは違って、氏久は幼少ではあるが、少年らしくない沈着さが特徴である。

どうやら彼は「城」というものに、異常な程に興味を抱いており、この大坂城の事も、俺以上に熟知しているから驚きだ。

世に言う、「天才」とか「異才」とか呼ばれるものであろう。

確かに転生してくる前の頃に、五歳くらいにも関わらず、やたら昆虫に詳しい友達がいたような記憶がある。氏久もその類の人物なのではないか、と俺は思っていた。


俺は声の調子を落として、氏久に言った。


「それは誠か?母上に見つからずに、外に出られるのだな?」


「はい、秀頼様。ついさっきも一人で外に出てみましたが、誰にも気がつかれませんでした」


その言葉に俺は胸の高鳴りを覚えた。

いける!これならいけるぞ!


俺は危険を冒しても見てみたかったのだ。


醍醐の桜を…


俺のこの時代の父である豊臣秀吉がこよなく愛した桜を、この目で見ておきたい、いや見ておかねばならないような使命感のようなものがあったのだ。


俺は、氏久の話に乗ることにした。


「よし!氏久、ではそなたに頼もうではないか!」


「秀頼様!およしなされ!もし、おかか様に見つかりでもしたら…『例のお部屋』で何をされるか…」


そう重成が必死の表情で、俺の『暴挙』を止めてくる。

そしてその言葉に俺の背中に一筋の冷たい汗が流れたのだ。


「あの部屋…それはまずい…」


先ほどまでの使命感に燃えていた俺の心は一気に凍結した。

しかし、そこに再び火種を投じたのは治徳だった。


「秀頼様!男は時に危険を冒さねばならぬ時もある!と、太閤様が何やら隠れて大坂城を出て行く際に、それがしに教えてくれたことがあります!

今こそ、秀頼様も男を見せる時!この治徳もお側でお守りしますゆえ、ここは行きましょう!!」


この治徳の言葉は、俺を大いに勇気付けた。

そうだ、男には危険を冒してもやらねばならぬ事だってあるはずなんだ。


「治徳…よし!俺は決めたぞ!

皆の者!大坂城脱出作戦の開始だ!!」


「おおっ!!」


俺の号令に、目を輝かせる治徳、渋々頷く重成、そして得意そうな顔をしている氏久と、表情は三者三様であったが、その目的は一つにまとまったのであった。


…と、その時だった。

俺の運命の歯車をいつも狂わせる、その声がしたのは…


「ああ!秀頼様!こんなところにいたのですね!千は探していたのですよ!!」


「げっ!」


その声の持ち主を見て、思わず俺は声を上げてしまった…


千姫だった…


「なんですか!?その『げっ!』とは!?」


「いや!なんでもない!単に驚いただけだ!決して何もないからな!」


すると背後から千姫とは別の少女の声。


「…うそつき…」


その突如としてぼそりとつぶやかれた、静かな言葉に、治徳が腰を抜かした。


「ぬわっ!!なんだお前!?いつからいたんだよ!?」


「…ずっと…

それに『お前』じゃない…『レジーナ』という名前」


その少女は確かにちょうど部屋の入り口とは正反対の氏久の後ろにちょこんと座っている。

着物は和服であるが、黒い西洋の肩掛けを羽織っており、胸には首かけのロザリオが光っている。

艶やかな黒髪は肩口まで伸び、細身の体つきではあるが、決して栄養が足りないわけではないのは、その頬からうかがえる血色から確かだ。

表情は薄く、一見すると眠そうな瞳の持ち主ではあるが、まだ俺と同じ年齢にも関わらず、どこか大人びた顔つきは将来の美貌を写しているかのようだ。

この少女の名は、明石レジーナ。

そう、明石全登の娘であり、先月からこの大坂城にて一緒に暮らしているのだ。


このつぶやくような喋り方といい、存在感のなさといい、父親の明石全登と瓜二つである。


「…大坂城を脱出する計画…」


そうレジーナがつぶやくと、千姫がきりっとした顔つきで俺を睨んだ。


「秀頼様!また千をのけものにするおつもりですか!?」


ふるふると震える千姫の右の拳を見て、戦慄が走った。そして思わず、


「分かった!分かったから!千!お主も連れていってやるから!」


と、彼女を仲間に引き入れてしまったのだ。


その言葉に千姫の顔が、ぱあっと明るくなる。


「千は嬉しいです!秀頼様!」


と、喜びを爆発させると、千姫は俺の胸に飛び込んできたのだった。


………

………

「あくまで中庭まで遊びに行く、という事にしておくんだ!皆の者、分かったな!」


と、俺が念を押すと、その場の全員が大きくうなずいた。

これは大坂城脱出作戦の仕上げの確認であった。

氏久の立てた計画によると、どうしても一箇所だけ、避けては通れない見通しのよい廊下があり、そこで万が一、母である淀殿や片桐且元に見つかった場合の口裏合わせをしたわけだ。


相変わらず重成は乗り気ではなく、レジーナは何を考えているのかよく分からない。

しかしその他の面々は、やる気に満ち溢れた顔つきだ。

俺は作戦の成功を確信していた。

無論そこには明確な根拠などない。

しかしそう思わせてくれるほど、氏久の立てた計画は、見事に人に見つからない場所を通るものだったのだ。


「では、早速出発だ!皆の者!進めえ!」


「おおっ!」


俺の号令に治徳と氏久、そして千の三人が元気よく返事をする。

重成は未だに後ろ髪が引かれるような顔つきで、後からついてくるのだった。


………

……

俺たちがいた部屋から、すぐ隣の部屋に入ると、その部屋を奥に進んでいく。

そしてその奥まで行き着いたところで、今度は表の廊下と並行するように進んでいった。

部屋と部屋は襖で仕切られている構造の、いわば大部屋で、その部屋自体あまり使われていない。

亡き太閤秀吉が存命の頃は、側室たちの家族が住む部屋であったらしく、秀吉亡き今、多くの側室が地元に帰るか仏門に入った為に、今は空き部屋となっているのだ。


空き部屋ということもあり、全く人の気配がない。

俺たちは危ぶむこともなく、どんどん進んでいった。


そして、その部屋を突き当たったところで、一回廊下に出る。


そう、ここが最も危険な場所なのだ。


ここさえ抜けてしまえば、あとは同じような要領で進んで行けば、本丸の裏手に出ることが可能で、そこから表側に回れば二の丸、そして一気に外まで出ることは難しいことではないと、氏久はふんでいるようであった。


言わばこの廊下こそが、俺たちにとっての虎口であった。


ここを無事に抜けられるのかが、今回の作戦の成否を決めると言っても過言ではなかったのである。


いよいよその廊下と部屋を仕切る襖の前までやってきた俺たち。


「ここを開ければ廊下だ。皆の者、分かっておるな」


その俺からの問いかけに、全員がゴクリと唾を飲み込んだ。

俺も一回深呼吸をして、腹を決める。


そして…


「えいっ!」


というかけ声とともに、襖を勢いよく開けた。


しかし…

廊下は静寂そのもので誰もいない…


「みんな!走ろう!」


そう重成が号令をかけると、俺も含めて一斉に走り出した。


小さな足音が廊下に響くが、それを咎める者は誰もいない。


「やりましたな!秀頼様!」


と、治徳が声をかけてくるが、俺は表情を引き締めたまま、彼に言った。


「まだだ!廊下を抜けるまでは油断するな!」


ふと後ろを振り返ると、一人幼い千姫が少しだけ遅れ始めている。


「先に行っててくれ!」


と、俺は横の治徳に言うと、足を緩めて後ろに下がった。

そして必死な表情の千姫のところまで来ると、彼女の手を取り、再び走り出す。


「手を放すなよ!」


その小さな手が、きゅっと俺の手をつかむ。

その手は少しだけ汗ばんでいて、彼女の胸の高鳴りを表しているようで、俺は何だかどきりとした。


「はい!」


そう元気よく返事した彼女の顔は見なかったが、きっと喜びにほころんでいたのではないか。


なぜだろうーー


この光景ーー


記憶は過去のものしかないはずなのに、未来に同じようなことがあるような気がしてならない。

それは歴史の持つ記憶なような気がしてーー


その時、ふと前方の襖から声が聞こえた。

既にみなその部屋へと入っており、そこで俺たちをまっている。


心配そうな顔でレジーナが俺たちを見つめていた。


「…もう少しだから、頑張って…」


その声を聞き、俺も傍らの千姫に声をかける。


「もう大丈夫だ!頑張れ!」


俺は千姫の小さな手を引っ張って、懸命に走る。


…と、その時であった。


突然、右手の襖が開けられ、そこから人が現れたのは…


その人が立ちふさがるように、俺と千姫の前に立つ。

他の面々は既に目的の部屋の中へと入っており、廊下に取り残されたのは、俺たちだけであった。


俺たちは足を止めて、その人と向き合う形となる。

するとその人は、驚いた顔で俺たちに問いかけた。


「これは秀頼様と千姫様。そのように急がれて、どこに行かれるのですか?」


「な、な、な、中庭にだな…あ、あ、遊びにいくのだ」


と、俺は目を泳がしながら答えた。


「はて?それでしたら、あちらの廊下からの方が近いですぞ。この片桐且元がお連れいたしましょう!ささっ!」


そう、その人とは大坂城の家老である片桐且元だ。

彼はどこまでも親切に笑顔で俺たちを誘導しようとしたのだが、もちろんその笑顔に裏などない。

むしろ裏がないだけに、こちらも逃げようがなかった。


まずい…

このままでは作戦は失敗に終わってしまう…


そう思ったその時であった…


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!且元殿のばかぁぁ!」


なんと千姫が大声で泣き出したのだ。

突然のことで、俺も且元も目を丸くして、慌ててしまい、なすすべがない。

後から直接彼女に聞いたのだが、且元に見つかったせいで計画が台無しになってしまうと思うと、急に悲しみとともに彼に対して怒りとがこみ上げてきて、どうしようもなかったそうだ。

もちろんそんな彼女の思いなど、俺たちの知るよしもない。


千姫は、泣きじゃくりながら、


「ううっ、ひっく…せっかく…せっかく、秀頼様とぉぉぉ…うわぁぁぁん、且元殿なんて、大嫌いじゃぁぁ!」


と、一方的に且元の事をなじっている。

なぜ自分の否があるのか見当もつかない且元であったが、ふと視線を下に向けた時、顔を赤くして言った。


「やや!これは、したり!それがしとした事が、野暮な事をしてしまいました!

どうぞごゆるりと、二人でお楽しみくだされ」


俺がその視線の先に目を向けると、そこには千姫の手をしっかりと握った、俺の手がある。


「ちょっと待て!おい!且元!何か勘違いをしていないか!?」


「よいのです。よいのです。やはり秀頼様は、おなごの事に関しては亡き太閤殿下と瓜二つじゃあ」


と、最後までいやらしい笑顔のまま、その場を何事もなかったかのように去っていったのであった。

俺たちは、七歳と三歳だぞ…

何を考えているのだ、あの男は…


「あの男…絶対にいつか騙されて、痛い目に会うであろう…」


と、且元の事を心配せざるを得ないのであった。

ともあれ、危機を脱した俺と千姫は、一目散に皆の待つ部屋へと入っていったのであった。


こうして虎口を切り抜けると、あとは一直線に出口を目指すだけとなり、何事もなくずんずんと進んでいく。


「見えましたぞ!秀頼様!」


先頭をいく氏久の声に、みな一斉に顔を上げる。


そこに見えたのはーー



確かに城の本丸を出る門であった。


急に現れた俺たちに門番たちも目を丸くしている。

そんな彼らに俺は、


「これから母上をお迎えに行ってまいる!ここを通るぞ!」


と、大きな声で高々と宣言すると門を堂々とくぐり、堀を渡す橋を渡る。


そして門番が見えなくなったところで、足を止めると、全員で顔を合わせた。


「ははは!やったぞ!!とうとう本丸から外に出たぞ!」


と、俺がその喜びを爆発させると、みな思い思いに喜びをあらわにしている。

千姫は俺に抱きつき離れないのが、少し鬱陶しかったのだが、そんなことすらこの時の俺は感じることがないほど嬉しかったのだ。


「うおおおお!」


と、治徳などは言葉に出来ずに、喜びに足を踏みならしている。

レジーナは…喜んでいるのかよく分からないが、口角が少しだけ上がっているのだから、相当興奮しているのだろう。


しかしそんな面々の中で、一人冷静なのは重成であった。


「さて…秀頼様、これからどうしましょう?」


「ん?どうするだと?それは醍醐に向かうに決まっておろう」


そんな俺に対して、はぁとため息をついた重成は、


「秀頼様…醍醐までどれくらいかかると思っているのですか…」


と、俺にばしゃりと冷水を浴びせるような問いかけをしたのだった…


しかしそんな風に現実を突きつけられても、俺は充実感で満たされていた。


それはこの世界にきて、初めて自分と仲間の力で何かを成し遂げたことからくる達成感のようなものを感じたからであろう。


「よし!今日はここまでとしよう!

氏久よ、次までに二の丸を出る道を考えておいておくれ!」


と、あっさりと醍醐のことは諦めて、撤退を決めたのだった。

この先何年かかるかは分からない。

でも、絶対に自分の力で、少しずつ何かを成し遂げていこう、そう心に決めて、雄大な大坂城を見上げたのであった。



しかし…



「ほう…その『次』というのはいつなのかしら?」


と、城を眺める俺の背後から女性の声がした。

もちろんその女性が誰かなのかは、顔を見ずとも明らかだ。


言わずもがな、その女性は俺の母、淀殿である…


「そ、そ、そ、それは、いつかは明らかではないと言いますか…」


「そう、それなら決まったら教えて頂戴ね、秀頼ちゃん」


「は、は、は、はい…母上…」


「さて…お迎えに来てくれたのでしょう。大きな声でしたから、聞こえましたのよ。

では、お迎えご苦労様です。早く中に入りましょうか」


思いがけずに、城を脱出したことについては、これ以上の言及はなかったのだ。


俺は内心ほっとしていたのだが、それでもあまりの恐怖に、未だ淀殿の顔を見れずにいる。

他の面々も同じようで、淀殿の方を向いている者はいない。そして、俺たちは先ほどまでの興奮などなかったかのように、しゅんとなって城の中へと向かっていったのだった。


…と、その時であった…


俺は後ろからついてくる淀殿の足音が二つあることに気づいたのだ。


淀殿の他に誰かいる…


誰だろう…


だがその疑問については、淀殿の方から話されたのだった。

それは本丸の門をくぐった後、すぐの事である。

淀殿が背後から俺に話しかけた。


「ちょっと待って頂戴。紹介しておきたい人がいるの」


俺たちは一斉に足を止めて、淀殿の方へと向き直ると、そこには一人の女性が淀殿の隣に立っていた。

その女性は、淀殿よりは若い。二十代後半といったところだろう。

綺麗な顔だちなのだが、明らかに棘がある。

一言で言えば「キツいお姉さん」といった感じだ。

背はすらりと伸びており、和服の上からでもその豊かな肉付きがよく分かる。

その女性がつかつかと俺の前まで近づいてくると、少しだけ腰を落として、俺の顔に自分の顔を近づけたのだ。


くっつきそうになるその整った顔に、俺は顔が赤くなる。

すると突然、彼女はニヤリと微笑むと、左手で俺の両頬を掴んだ。


「むぅ〜!むぅ!」


口があひるのようにとんがり、全く言葉が出ない。


「ふふふ、やんちゃな男は嫌いじゃないけど、弱い男は嫌いなの。

そして弱いくせにやんちゃなのは…最悪よ」


そう妖艶とも言えるような挑発的な言葉に、俺の中には恐怖しか出てこない。

その様子を見て、猪武者の治徳がその女性に飛びかかった。


「やい!ばばあ!この無礼者め!秀頼様を離しやがれ!!」


だが、その女性は全く動じることなどなく、襲いかかってきた治徳を右手の一撃だけで吹き飛ばした。


「ぐはあっ!!」


みぞおちにキツい一撃をお見舞いされた治徳は、あまりの激痛に涙目で悶絶している。


そして見下した目を治徳に向けると、


「無礼者とは貴様の方だ!!口の聞き方も知らぬ上に弱いようでは、どうしようもない小僧め!」


と、吐き捨てるように告げた。


すると今度は重成が冷静にその女性に抗議する。

しかしその声は恐怖からか少し震えていた。


「ぶ、無礼なのは貴女の方ではございませぬか?

貴女がその左手で掴まれているのは、豊臣権中納言秀頼様ですぞ」


するとその女性はその鋭い視線を重成の方に向ける。

その視線に重成が思わず尻もちをついた。


「ふん!口だけだけは達者で、睨まれただけでたじろぐなど、情けないにも程がある。

まだ先ほどの小僧の方が見込みがあるというものだ」


その様子に、治徳がなぜか嬉しそうに顔をにやけている。

それをめざとく見た女性が、ぴしりと注意する。


「まあ、わらわに言わせれば、蟻と蝿。虫けらには変わらぬ!弱いくせに調子に乗る男ほど、おなごに嫌われる者はおらぬぞ、気をつけよ」


「ぐぬっ…」


と、治徳は言い返すことも出来ずに、顔をしかめた。


「それにわらわには、秀頼様に対してこれくらいのことをするのは、淀殿より許されておる。

ですよね?淀殿」


その問いかけに淀殿は、


「これも秀頼ちゃんのため。我慢して頂戴」


「むぅ!むぅ!」


「そうね、そちらの方のお名前を言い忘れておりましたね」


そして、淀殿はその女性のことを紹介した。


「こちらは甲斐姫殿。

今日から秀頼ちゃんと、あなた達の養育係をしていただくことになりました。

では甲斐姫殿、わらわは先に城に戻っておりますゆえ、あとはお任せいたしましたよ」


「お任せください。きっちり、男どもをしつけてから戻りますゆえ、淀殿はそこのおなご二人をお任せいたします。おなごは苦手でのう」


「はい、ではよろしくお願いいたしますね。

さあ二人とも行きますよ。

どうせ秀頼ちゃんにそそのかされて、ここまで着いてきたのでしょう。

城に戻ったら菓子でも食べましょうね」


と、淀殿は千姫とレジーナを連れて城の中へと消えていった。


そしてその姿が消えたのを確認すると、俺たちに向けて、ニヤリと笑顔を見せた。



「さあ、始めようか。おしおきの時間だぜ」



こうして、この日から甲斐姫なる、強烈な女性による、地獄のような『しつけ』の日々が始まったのであった…







動かした史実によって、秀頼たちの周囲も大きく動き出しました。


少年は少年らしく、いたずらをして大人を困らせたり、怒らせたりする。

怖いおばさん(といったら甲斐姫に蹴られそう)がいて、いつも雷を落とされる。

それでも天真爛漫に外を駆け回る子供たち…


そんなどこか懐かしい風景を描きたいと思っておりました。

今の時代がどうこう言うつもりはありませんが、人と人との関わり合いの違いのようなものを感じていただけると幸いにございます。


さてさて、どのような未来が彼らを待っているのでしょうか。


どうぞこれからもよろしくお願いいたします。


さて次回は脱出作戦の第二弾です。

舞台は…九度山…




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