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【幕間】それぞれの花見 瓜二つ

なんとこれが100話目になります。

少しだけ肩の力を抜いて読めるようなお話です。


◇◇

慶長6年(1601年)3月ーー

日本に素晴らしい四季がある。例え戦国の世にあっても、それは変わらない。

前の年に、日本全体を巻き込んだ大戦が起こり、民も侍もみなその生活が混乱したにも関わらず、春の訪れは、等しく人々の心を軽くし、その顔を柔らかいものに変えていったのだった。

そして、そんな春の穏やかな日々の中でも、武士たちにとって特別な事…

それは桜の花を愛でることであった。


この年もそんな季節がやってきた。


国替えとなり、未だに政治、軍事、築城に忙しい大名たちばかりであったが、そんな彼らでさえも、屋敷の中に植えた桜が満開となると、忙しく働く手を止めて、しばしその美しさに目を止めたり、仲の良い者と語り合って、桜の木の下で、酒を飲んだり唄ったりもしたのである。


ちょうど柳川にて立花家が、大きな花見の宴を催している頃、九州各地においても、規模は違えど、花見を催してしている大名たちがいた。


………

……

「いやいやいや…宴というものは、もう少しなんと言うか、色気があってもよいと思うのだが…違うのかい!?」


そう赤い顔をして文句をたれているのは、島津忠恒。

戦の鬼として知られた島津義弘の息子であり、次期島津家当主その人だ。


薩摩の花の開花は早い。

3月に入ったばかりのとある日、島津家は現当主の島津義弘と忠恒の居城である内城にて、花見が催されたのだ。


しかし、桃色の桜の木の下に集まったのは、皆たくましい体の薩摩隼人ばかりであったのだ。


酒が入った彼らは上半身裸となり、わいわいと騒いでいる。その中心には、五十を過ぎた体つきとは到底思えない、筋骨隆々の島津義弘が大声上げて、酒を浴びるように飲んでいたのだった。


「誰が好き好んで男どもの裸など見なくてはならんのだ!なんかこう、いない者かね!?

ぱっと華やかなおなごの一人でも…」


そんな風にふてくされながら酒を飲む忠恒に、突如として顔の真横から、か細い女性の声がした。


「おまえさん…わらわがおります」


「のわぁっ!!お亀か!驚かせるな!!」


あまりの不意打ちに忠恒は、のけぞってその女性に抗議した。

お亀と忠恒が言ったその女性は、亀寿と言って、島津義久の娘で、忠恒にとってみれば、従姉妹であり妻でもあった。

その顔は、目が非常に細く、開いているかすら分からず、口は小さい。

顎は細く、すっと伸びた鼻と長くて黒い髪…

その髪を除けば、島津家前当主の島津義久と、瓜二つの顔つきだった。


忠恒は伯父である義久が苦手であり、その顔の生き写しのような亀寿のことも同様に苦手だったのだ。


「お主は華やかな女性という部類には入らん!」


と、忠恒は手厳しい一言で彼女のことを突き放した。


「これは残念…お父上に報告せねば…」


「ちょっと待て!どうしてそうなる!?」


亀寿の父への報告…それは当たり前だが、義久への報告を意味している。しかし、時折その義久の周囲では『事故』が起こり、人が死んでいるのだ…


彼は慌ててそれを制止させようと、彼女を問い詰めた。


「殿がわらわをおなごとして見てくれぬのは、全てわらわの不徳がゆえ…であれば、父上にわびねばならぬ」


「いやいやいや!ちょっと待て!確かに、それはお主が悪いかもしれぬ、いやお主が悪い。

しかしわざわざそんな事を伯父殿に報告することもあるまい!」


「その通りだ…亀寿」


「そうだろ、そうだろ! …って、ん?」


「もう既に全て直接耳に入っておるゆえ、報告などいらぬ」


「…げっ…まさか…」


恐る恐る背後を振り返る忠恒、そこには…亀寿、いや義久が静かに笑ってたたずんでいたのだった。

そして忠恒の青くなった顔を見ると、


「花見とはいえ、酒を飲み過ぎると『事故』が起きやすいから、注意せよ。忠恒…」


と、妖しい笑顔で忠告したのだった…


「ぎょえええええ!!」


一目散に逃げ出す忠恒。

そんな彼を目ざとく見つけたのは、父である義弘だった。


「おい!お前!よく来た!これから面白いものを見せてやるゆえ、こっちへ来い!」


と、太い腕を忠恒の首に巻き付けると、男ばかりの酒宴の真ん中に忠恒を引っ張ったのである。


そして…

そこに待っていたのは…


箱につめられた『蜘蛛』の大群であった…


「ぐわぁぁぁ!な、な、な、なんですか!?これは!?」


と、昔から虫が大の苦手の忠恒は、義弘に噛み付くように問いかけた。


「がははは!!これから『くも合戦』をやるのだ!自分の選んだ蜘蛛同士で相撲させる真剣勝負よ!!」


「そ、そ、そ、そんな事を、花見でする必要なぞないでしょうに!!ひぃっ!こっちへ来るなぁ!!」


「なんだ?面白くない男よのう、忠恒は」


「面白くないのはこっちの方だ!!あんなに蜘蛛をいっぱい集めて、もし逃げ出したらどうしてくれるんですか!?」


「がははは!!その時は、蜘蛛御殿にでもすればよろしい!もう既に数匹逃げ出したらしいしな!がははは!!」


…この時、忠恒は決意した。


早く城を別のところに立てようと…


かくしてこの年、忠恒は鹿児島城を築きそこへ移ることとなるのだが、それは名目上は「徳川からの侵攻を守る為」となっている。

そして、もう少し後に義弘の方は加治木という場所に隠居することになるのだが、この地方で史実でも残る『加治木くも合戦』という昆虫相撲は、島津義弘が広めたものではないか、という説がまことしやかに噂されているのは、史実も同様なのである。



………

……

所変わって、京の伏見でも、徳川家康によって賑やかな花見が催されていた。実はこの頃になると、政務や各大名への仕置きが一応の落ち着きを見せたこともあり、大坂城の西の丸から伏見城へと家康は移っていたのである。

まだ正式には移転を公表はしていないが、すでに住まいや家臣たちの転居は全て済ませており、今回の花見も大阪ではなく、伏見で催されたのだ。

まだまだ伏見城の再建はこれからではあるが、彼はこの日ばかりは手を止めて、昼から譜代の家臣たちを労うこととしたのである。


ーーあ〜ら、よいさっ!

ーーどっこいしょ〜!


唄ったり踊ったりと、京にも関わらず、三河武士らしい気兼ねない騒ぎ方で、宴は盛り上がりをみせていた。

もちろん彼らとて、京の貴族が静かに花を愛でることが、花見の起源であることなど、百も承知ではある。

それでも彼らは、めでたい時には喜び、楽しい時には唄う、という人間が本来持つ感情の表し方を、素直に体現することを良しとしていたのである。

そしてそれがどこであろうと、どんな時であろうと変わらずに、自分の信じた正しい筋を貫き通す生真面目さ。これが三河武士なのだ。


さてそんなどんちゃん騒ぎの隅の方で、いつもの主従がちびちびと酒を飲んでいる。

言わずもがな、徳川家康と秀忠、それに本多正信と正純のふた組の親子である。

しかし今日は彼らに加えて、もうひと組の親子が、その場に加わっていたのである。


「いやはや、やはり大久保殿に手伝っていただくと、仕事がはかどって助かります!」


そう感嘆の声を上げたのは、徳川秀忠である。


「これはありがたきお言葉!この大久保忠隣、心にしみてございます!」


「父上がお褒めに預かり、それがし、大久保忠常といたしましても、大変嬉しゅうございます!」


と、その親子はうやうやしく秀忠に向けて頭を下げた。


「ははは!今日は花見の場であるゆえ、そう固くならずともよい!それに、忠常の方も褒めているのだぞ!

若いのに本当に素晴らしい働きだ!」


「ははっ!恐れ多いお言葉で、恐縮にございます!」


そう必死に頭を下げる親子に対して、秀忠はたいそう機嫌が良いようで、笑って頭を上げるよう促したのだった。


その言葉できびきびとした動きで頭を上げた親子…

彼らは、先の自己紹介の通り、父が大久保忠隣、息子が大久保忠常という名の親子だ。

元より父の忠隣は、徳川家康の直臣であり、武勇で名を上げた人である。

居城はあの天下の名城である小田原城なのだから、その信頼の厚さがうかがいしれよう。

そんな彼であったが、近頃は徳川秀忠の元で精を出していた。そしてその息子の忠常は、弱冠二十歳の若者である。

しかしその智勇は徳川家随一と噂される程の器量の持ち主で、父とともに秀忠を助けると、その頭角をめきめきと表していったのだ。

その結果、忠隣は秀忠の側近の中でも最も重用される老中となり、忠常はその若さながら、次期老中の座を秀忠本人からお墨付きを得ていたのであった。

そしてその親子の性格は瓜二つで、真面目で真っ直ぐなもので、周囲で踊る三河武士の象徴のような男たちであった。


「ふん、あまり堅物すぎるというのも面白みに欠けるわい」


と、その様子を見て、家康が鼻を鳴らす。しかし決して不機嫌という訳ではなさそうで、片手の酒をすこしだけすする際には、笑顔すら垣間見せたのだった。


「しかし大久保殿の尽力で、だいぶと江戸の街の整備も進んでおるようで、なによりでございますなあ」


と、笑顔で大久保親子を褒めたのは本多正信。


「はい、その通りにございます。

大久保殿らのご活躍もあり、殿とわれらは大名の仕置きの方に集中出来るというものです」


と、澄まし顔で言ったのは本多正純であった。

その二人の言葉にも凝縮していた大久保親子であったが、父の忠隣の方から切り出した。


「江戸の町はまだまだこれからにございます。

しかし、飲み水の確保、大名たちの屋敷割りと、商売の中心部、さらに港、この四つは優先して進めております」


その言葉に家康の目が細くなり、少しだけ鋭さを増す。


「ほう、してその進み具合は?」


その質問には息子の忠常が答えた。


「はっ!特に飲み水の確保から最優先とし、江戸の西にある弁財天の湧水から、水を引くために水路を作らせております」


「おお!あの水か!あの水は上手いからのう」


と、家康は嬉しそうに手を叩く。

この弁財天のある池は、後に井の頭池と名付けられ、その湧水を水源とした水路は、神田上水と名付けられることになるのだが、それはまだ先の話である。


「次に、荒れた城の南は砂と土で埋め立て、商人の街を整備いたしました。

それに、今後は金銀の流通が町の活気となりますゆえ、特に流通量を考えて、銀座を優先して整備し、既に打刻を担当される予定の、大黒常是殿の屋敷と工房は準備済みにございます」


「なんと…手際のよいことで…」


そう驚いたのは正信だ。そんな正信に一礼した忠常は、続けた。


「夏前には大名たちの屋敷割りも完成する予定にございますゆえ、年内には屋敷の建築を進められるかと…」


一通り聞き終えた家康は、


「ふむ…引き続き頼んだぞ」


と、褒めることもせず、しかし叱ることもせずにそう言ったのだった。

そして、彼は次に正純の方を向き問いかけた。


「ところで、大名たちの屋敷が整備出来たところで、その主人が浮き足立っているようではかなわんからのう…そっちはどうじゃ?」


家康が「そっち」と称したのは、無論大名たちの移封と仕置きのことである。各大名たちとの調整は、井伊直政ら取次役の仕事であったが、正純はその取りまとめや、関ヶ原の合戦後に改めて行わせている検地の報告をまとめているのであった。


いつも澄まし顔の正純に、少しだけ影がこもる。

そのわずかな影を見逃さなかった家康は、その時点で不調であることを察知したのだった。

そして正純が淡々と話し出した。


「検地の方は順調で、移封した大名たちも一部を除けば概ね問題なく統治を始めております。

しかし、仕置きの方は…

特に九州と東北が面白くはありませぬ…」


「なるほどのう…九州の方は、わしも直接関与しておるゆえ、お主は責任を感じる必要などないぞ」


と、家康は珍しく正純を励ました。しかし当の正純はその事がたいそう気に障ったようで、顔を真っ赤に染めて、


「九州は取次役の寺沢広高殿の任を解き、井伊直政殿にお任せいたしておりますゆえ、なんとか年内には決着を見たいものでございます」


「ふむ…して東北は?」


「こちらも未だ片がつきませぬ。伊達政宗殿が上杉景勝殿を激しく攻めており…」


「ふむ…上杉殿には悪いが、もう少し伊達の小僧には、『汚点』をつけさせておきたいからのう。

ここも無理をする必要はないぞ」


「はっ…かしこまりました」


そう頭を下げた正純であったが、明らかに悔しさを滲ませていたのであった。


このように、花見の場であっても徳川の主従は、終始仕事の話ばかりであった。

彼らもまた、三河武士であった。

ただし、その生真面目さの向く方向が、周囲の侍たちとは全く異なっていただけなのである。


さて、この大久保親子の台頭は、後の徳川政権に火種となるのは史実も同様である。

しかし、『ぼや』程度で済むはずのその火種は、『大火』へと化ける可能性を秘めていたのであるが…


それはまだ先の話なのであった。








この幕間は1回で済ませる予定ではありましたが、長くなりそうですので2回に分けます。


幕間にも関わらず、新たな登場人物が3人も出てきました…

・亀寿

・大久保忠隣

・大久保忠常

になります。

果たしてこの3人は、物語にどのような関わりを持っていくのでしょうか…


加えまして、この話ではご当地にまつわるトピックもいくつか入れました。

・加冶木くも合戦

・井の頭池

・神田上水

・銀座

です。


今後も地名やその土地に関わる日本の文化にも触れていきたいと考えております。


では、今後もよろしくお願いいたします。


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