終章 それぞれの一歩目(1)
目を覚ますと、白くて綺麗な天井が見えた。
「……デジャヴだ」
黒神はムクリと起き上がると、周りを見回してここが病院であることを確認する。窓を見ると太陽の光がレースのカーテンを通過して差し込んでいた。近くに設置してある長方形の置時計を見ると、14:32と表示されていた。
「つーか、内臓とか無事だったのか? 今自分の体が自分のものっていう自信が無いぞ」
『氣』を操る能力が無かったらあの場で死んでいただろう。それを黒神は自覚していた。だからこそ彼は移植手術を受けたのではないかと思ったのだ。もしかしたら内臓全てを移植されたかもしれない。
「そんなわけないでしょ。今の医療技術ならあれくらい治るわよ」
そう言いながら朝影が病室に入ってきた。彼女はまたしても制服を着ている。
「あれくらいって……結構痛かったんだぞ?」
「内臓破裂程度でしょ? まあ、第三次大戦前までの技術なら無理だったかもしれないけど」
朝影はいかにも当然かのように言ったが、そもそも病院にお世話になった経験の薄い黒神には理解出来なかった。よく考えれば能力者同士の戦いは死を伴うことがある。それを回避できるだけの技術がある以上、内臓破裂は『その程度』となってしまうのだ。
「んで、月宮たちはどうなったんだ?」
「ふーん、あの時は下の名前で呼んでたのにねぇ」
朝影は小悪魔っぽく笑って言った。
「そこはいいだろ」
「ま、別に気にしてないけど。2人とも無事よ。早苗はここの病院で検査してもらって、脳内にあったチップを破壊したわ。これで彼女が操られることはない」
的場壮大を初めとする研究チームは全員不起訴となった。元来あの実験はエデン側の要請で始めたものであり、多少の暴走があったにせよ彼らの功績を見るべきだ、ということらしい。ただし、的場に関しては『強制執行』を使ったことの責任として、研究者としての復帰は禁止されたらしい。
「この事件に関しての報道はかなり少ないわ。あったとしても、実験のことは伏せられて、貴方が2人の少女を助け出した……としか伝えられてない。まあ、当然よね。あれを表に出せばエデン側の失態を認めてしまうことになるから」
「エデンはあんな実験をしておいて非を認めないのか。段々、本性が見えてきたな」
「貴方という存在を輝かせることで、根底の部分を隠す。たとえ私たちが根底の部分を伝えたとしても、誰も信じないでしょうね」
朝影は近くにあった椅子に座り、話を続ける。
「『楽園解放』も一応活躍した存在として報道されたわ。ここ数日も色んな事件を解決してるみたいだし」
「ん、ここ数日? なあ、今一体何月何日だ」
「1月13日。あの戦いから4日後よ」
黒神はそれを聞いてため息を吐いた。まさか4日も眠っていたとは、さすがに予想の範囲外だったようだ。
「なあ、最近何日か無駄にしてるような気がするんだが気のせいか?」
「あれだけの戦いをしてればそうなるわよ。でも、それでも貴方は踏み込んだんでしょ、この領域に」
「……引き返してもいいですか」
「ダメよ」
恐らく、既に黒神はエデンからマークされているだろう。今回の一件は、彼らからすれば実験を邪魔されたことになるのだから。
つまり、もう引き返せない所に来てしまったということだ。
「隊長と戦ったのが入り口だとするなら、これで一歩目。前に進むしかないわよ」
「分かってるさ。エデンの実験のせいで苦しんでる人間がいる。だったら尚更止めなきゃいけないだろ」
黒神は窓に目を向ける。
「……この病院に、何回お世話になるんだろうな」
その一言に朝影はクスリと笑った。
ゆったりとした時間が、されども確実に流れていく。




