第四章 そして完全体へ(10)
初めて感じた感覚。
早苗はそれが間違った感情だと知っていた。その感情を、姉に向けるべきではないということを。
だが、それでも抱いてしまった。
いつまで経っても自分の気持ちを理解してくれない姉に対して。
『敵意』を。
「あぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
背中を斬られ、そして今度は右肩から左わき腹にかけて曲線を描くように斬られた。
血が飛び散るが、傷自体は深くない。殺す、と言っておきながらも早織は加減していたのだ。やはり、早苗を殺すことは出来ないらしい。
だが、そんなことは関係ない。
早苗の心を抉ったのは、殺す、という一言。
「っ、さ……早苗?」
『水創剣』を振り下ろした格好のまま、早織は怪訝な顔をした。そして同時に、自分が放った言葉の残酷さに気付く。
「アァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
咆哮し続ける早苗の体が漆黒のオーラに包まれていく。
「早苗!!」
もう、その声は届かない。
早織は後ろから走ってきた黒神に促されて、少し躊躇いながらも早苗から離れる。その間も早苗の咆哮は続いている。
「早苗、早苗ぇぇぇぇぇぇええええええええ!!」
「くそっ、これが完全体なのか!?」
そして、早苗の咆哮が途切れると共に彼女を包んでいた漆黒のオーラが霧散する。
「…………」
黒い翼があった。白いワンピースは翼に呼応するように破れており、羽織っていたカーディガンもボロボロになっている。
そして、その瞳には光が宿っていなかった。魂の抜けた人形のように、その場に立っていた。
次の瞬間、早苗は空中へと飛んだ。




