第四章 そして完全体へ(7)
水の剣と闇の剣がぶつかり合う。その度に金属がぶつかるような音が鳴り響いていた。
「今までで一番強いじゃん、お姉ちゃんっ。何でだろうねっ」
早苗の分身と戦っている黒神の方を一瞥して言う辺り、意地悪である。早織は少し顔を赤くしたが、すぐに戦闘へと意識を戻す。
(任せてって言った。黒神君に、そう言った! だから、負けられない!!)
剣を振るい、水流を放ち、水球を散らす。それでも、すべての攻撃に早苗は対処してきた。
考えれば、当然のことだ。早織と早苗はおよそ1万回も戦ってきた。たとえ遺伝子が同じでなくとも、大概の行動は読めてしまうだろう。
だが、よく考えれば。そう、逆に考えてみれば。
(私にだって、早苗の行動は読める。早苗がそうであるように!!)
思えば、早苗は早織の行動から学んだ技を使っているだけだ。だからこそ、今までにやったことのなかった技は当たった(あの時は分身で防がれていたが)。つまり、本来分は早織にあるはずなのだ。
早苗が優勢なのは、その異常な成長速度。だから先手を取ってもすぐに対応されてしまう。とすれば、残された道は1つ。
(……後手に回る!)
早織はコンテナや木箱が吹き飛ばされて広くなったフィールドを駆け回る。
「逃げても無駄だよっ! 遮る物は何も無いんだからっ!!」
無数の黒球が早織の周りに着弾していく。後ろや横、そして前にも。それでも彼女は足を止めない。遂には、舞い上がった砂塵によって早苗の場所からは早織の様子が伺えなくなってしまった。
「……本気っ」
それでも早苗は手を休めない。黒球の数がさらに増え、早織に迫る。
(――ここだ!!)
早織は急ブレーキをかけ、その勢いで回転しながら『水創剣』を振り回した。彼女に当たるはずだった黒球は全て弾かれ、近くの壁などに衝突する。
「それで得意気になるのは違うと思うけどっ?」
早苗は笑わずに追撃をしかけた。無数の黒球、そして『超包闇』の連射。だが、それらは早織を狙ったものではない。あくまでも本命を確実に当てるための足止めだ。
早織はまるで鳥篭にでも閉じ込められているかのような状態になる。
「終わりだよ、お姉ちゃんっ」
放つのは渾身の『超包闇』。1発に集中するためにもちろん威力は上がる。
「知ってたよ。早苗がそれを放つこと。だからじっとしてたの」
呟いた言葉は早苗には聞こえない。
そして、早苗が『超包闇』を放つ。
(……やっぱり、向こうの分身も同じ行動をしてる。黒神君ならきっと勝つ。だから、私も――)
早苗の『超包闇』は早織を囲んでいた他の攻撃すらも飲み込んで、確実に早織を飲み込んだはずだ。だが、轟音の後に、その場所には『何も残っていなかった』。強いて言えば、地面に円形の水溜りが出来ていると言ったところか。
「――っ!?」
確かに光線が体を飲み込んだとはいえ、生身の人間の体が消滅するほどの威力ではない。特に早苗自身、これを戦闘だとは思っていない。故に、早織が死なないように配慮している。
つまり、何も残っていないのはおかしいのだ。
では、一体何故。
答えはすぐに示された。
「私も勝つ。そのために私は剣を握った!!」
肉が切れる音。背中に激痛を感じた早苗が倒れざまに振り返ると、そこには『水創剣』を振り下ろした格好をしている早織がいた。
「がっ!? な、なんでっ!?」
鮮血が飛び散り、早苗は地面にうつ伏せで倒れる。
「……今度は私が学ばせてもらったわ。分身の使い方」
『水分身』。
早苗の『影分身』の元となった技である。
「い、一体いつからっ!?」
辺りに遮るものは無い。なので、分身と入れ替わったのなら早苗にも見えているはずである。
「一度だけ、チャンスがあったわ。早苗が私の姿を見失うチャンスが」
「あ……っ」
そう、早織がフィールドを駆け回っていた時。舞い上がった砂塵によって、早苗のほうからは早織の姿が見えなくなってしまった。だが、その後すぐに追撃を行ったはずだ。
「いや、その時かっ!!」
「正解。私が『超水流』をコンテナ越しに放った時のを参考にしてみたわ……まだまだ私も強くなれるってところかな?」
『水創剣』をただの水に戻し、早織は笑顔で言った。
早苗はうつ伏せのまま顔だけを早織の方に向けて、話を聞いている。
「どうやら、黒神君も勝ったみたいね」
「そうみたいだねっ。お姉ちゃんが勝つなんていつ以来だろっ……」
2人とも笑顔だった。
「これで、とりあえず休憩だねっ。あはは、疲れちゃったっ」
(早苗がここまで……ん? でもここまでしてまだ完全体にならないなんておかしくない?)
早織が怪訝な顔をした時、早苗のイヤホン型デバイスから男性のしゃがれた声が聞こえてきた。
『そこで止まるな! 続行だ!! 早くしろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!』




