第三章 最終実験(6)
ドアを開けたまま、黒神は立ち尽くしていた。
「ちょ、寒いから早く閉めてよ」
寒さに耐えかねたのか、朝影が後ろから文句を言ってくる。
「……どうしてだ」
「何がよ」
「どうして月宮を止めなかった」
歯噛みしながら、低いトーンで呟く。黒神の言葉には怒りが込められていた。
「どうして止めなかったんだよ!!」
「……止められたと思う? あの状況で」
対して、朝影は冷静だった。彼女は立ち上がり、黒神の横から手を伸ばしてドアを閉める。
「貴方が止められなかったのなら、私は止められない」
「だとしても!」
「だからこそ。今は止めてはいけない。今はまだその時じゃない」
「ふざけるな! あれだけ傷ついているのに、俺たちに助けを求めてくるほど傷ついてたのに、見捨てろって言うのかよ!?」
違う、と朝影は言った。顔をずいっと寄せてきて、彼女はこう告げる。
「だから、今はその時じゃないって言ってるの。少し冷静にものを考えなさいよ」
「……冷静に? よくもこの状況で冷静でいられるよな!! 一体どういう神経を――」
直後、乾いた音が部屋に響いた。
黒神は熱くなっている頬に手を当てる。そう、朝影が彼の頬を思いっきりビンタしたのだ。彼女は黒神の胸倉を掴むと、自分のほうに引き寄せ、頭突きをする。
「がっ!? お、お前……何を!」
朝影は鋭い目で黒神を睨みつけながら、
「今突っ込んで勝てると思ってるの? だとしたら、私は大きな勘違いをしてたみたいね。貴方には彼女を助けることなんか出来ない!」
「一体どういうことだよ! 今助けなくてどうするんだ? 手遅れになるかもしれないんだぞ!!」
黒神は胸倉に伸びている朝影の両腕を掴んだ。
「まだ分かってないみたいね。もう一度言うわ。冷静にものを考えなさい」
そこまで言って、朝影は手を離した。黒神も朝影を掴んでいた手を離す。
「何が言いたいんだよ……どうしろってんだよ!!」
「何もするなってことよ。少し、戦術ってものを考えてみたら?」
「……あ」
冷静になってみれば、簡単なことだった。
今はもう夜だ。そして、ゴミ処理場に誰もいなかったことを考えると、今日はもう実験が行われない可能性のほうが高い。
黒神は敵のことを知らない。そんな状態で突っ込むのは危険すぎる。1日時間があるのだから、それを有効に活用するべきだ、と朝影は考えているのだ。
「もちろん、早織さんがそこまで考えてるとは思えないけど……多分彼女は私たちをこれ以上巻き込まないようにってことだろうし」
「その、朝影……すまん」
「いいわよ、別に。それよりも隊長に連絡をしなきゃ……その後に作戦会議よ」
確かに、神原との戦いの時は即決で突っ込んだ。だが、公園での戦いではボコボコにされてしまったではないか。2回目の戦いで勝てたのは、1回目のときに神原の弱点のヒントを得ていたからだ。
もし、カントリーでの戦いが1回目だったとしたら。否、公園での戦いで神原が本気で殺しに来ていたら。
(今回はまだ相手のことを知らない。つまり、公園での戦いと同じ状況だ……早とちりにも程があるな。はは……まだ英雄には程遠いな、俺)
黒神はテーブルの近くに座り、朝影の通信が終わるのを待っていた。




