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第三章  皆の英雄

 目を覚ますと、白くて綺麗な天井が見えた。


「……ここ、は?」


 黒神は状況を確認するために、辺りを見回す。どことなく見覚えがある場所だ。


「び、病院!? って、あれそもそも俺、生きてる!」


 病室のベッドで眠っていたことを認識し、彼は自分の両手を握ったりして生きていることを実感する。多少の痛みは感じるが、折れていた骨などはほぼ完全に回復しているらしい。

 やはり、現代の医療技術は凄いと黒神は思う。

 上半身だけを起こすと、ベッドの下に誰かの足が見えた。


「は!? あ、ああ、足? だ……誰が」


 恐る恐る下を覗くと、そこには朝影が眠っていた。


「朝影……そうか、良かった。助かったんだな」


 とはいえ、いくら暖房が入っているとしてもこんな真冬に床の上で寝ていると風邪を引いてしまう。黒神はベッドから降りて、眠っている朝影の肩を揺らす。


「おい、起きろよ。大体、なんでまだ制服なんだよ……」


 それに、聞きたいことはたくさんある。

 あの後、何があったのか。今、神原嵐は、そして『楽園解放』はどうなっているのか。


「…………」


 朝影は短い声を漏らすが、一向に起きない。相当疲れていたのだろうか。

 それにしても、と黒神は思う。


(こいつ、出会ったときから思ってたけど、結構可愛いよな。寝顔は見たことあるけど……)


 今なら何をしてもバレはしない。思春期の少年の心で葛藤が生まれる。いや、同い年くらいの女の子と2人きり、しかも彼女はぐっすりと眠っているのだ。葛藤が生まれないほうがおかしい。


「……いやいや、何考えてるんだ俺! で、でも……」


 黒神は恐る恐る朝影の頭に手を当てる。

 すぐに髪の毛の柔らかい感覚が伝わってきた。そのまま撫でてみると、シャンプーの良い香りが彼の鼻に届く。


「や、柔らかくて気持ちいい……」


 手が止まらない。そして、その手は彼女の顔へと伸びていく。

 手が朝影の鼻に触れると、彼女の口から艶っぽい声が漏れる。


「ん……」


 そして、その声と共に朝影の目が開いた。その瞬間、黒神は固まってしまい、動けなくなった。

 寝ぼけ眼の朝影は一瞬不思議そうな顔をしたが、即座に状況を理解した。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!? あああ、貴方一体何してんのぉぉぉぉぉぉ!!」


 直後、スパァンッ!! という乾いた音が響いたのは言うまでもなかろう。





「弁解は」

「ありません……」


 落ち着きを取り戻した2人は、お互い床に正座していた。黒神は俯き、朝影は横を向きながら話している。ちなみに、黒神の頬には紅葉マークが付いている。


「はあ、まったく……英雄だと思ったらとんだ強姦魔だったようね」

「強姦魔は言いすぎだろ……」

「まあ、でも。良かったわ、目覚めてくれて」


 黒神は3日間眠っていたらしい。今日は12月29日で、しかももう夕方だ。微かに夕日が差しこんでいるが、もうすぐそれも消えるだろう。


 黒神が意識を失った後、赤城が警察を呼んだらしく、黒神は到着した警察によって救助された。カントリーに警察が立ち寄らないと言っても、通報があれば駆けつける。しかも、赤城は『楽園解放』のことも話していたらしく、警察が来るのは早かった。

 そのおかげで黒神も死なずに済んだわけだが。


「神原は?」

「隊長は生きてるわよ。奇跡としか言えないけど、一命は取り留めた」

「っ! じゃ、じゃあ……」

「ううん、もう戦うことはないと思うわ」


 神原は緊急手術を受けた後、警察施設に収容された。手術後2日で目覚めたというのが、彼の怪物ぶりをよく表している。

 そして、まさに今日、朝影は神原の元へ面会に行ってきたらしい。

 そこで黒神との出会いや『エデン破壊論』の危うさ、そして自分たちが本当に倒すべきもの。全てを話し、説得を試みた。


 神原はかなり考えた上で、こう結論を出したようだ。


「ちょうどテレビでやってるみたいね」


 朝影がテレビを点けると、ニュースをやっていた。カントリーでの戦闘は大きく報道されているようで、『楽園解放』の名前もテロップに表示されている。

 そして、リポーターはこう話した。


『「楽園解放」のリーダー、神原嵐は収容施設内でこれからはエデンの治安維持部隊として「楽園解放」を運営していくと語りました。また、日本政府もこれに応じ本日中にも神原を釈放し、会談を行う方針を示しました』


「大丈夫なのか、これ」

「うん。実験を破壊するには、まず内情を知る必要があるって言ってた。それに、これで合法的に『楽園解放』をエデン内に入れることができる」

「でも、なんでエデンはそんなことを許したんだよ? だって今まで危険因子だったはずだろ」


「もちろん、条件が提示されると思うわ。例えば、デバイスの装着とか」

「他のメンバーは、どうなんだよ」

「反対する人もいるかもしれない。でも、そこは隊長がなんとかしてくれるわ。目的そのものは変わらないわけだし」


 恐らく、デバイスを持たせるとしたら、『楽園解放』のメンバーのそれは管理機能がかなり強化されたものが配布されるだろう。

 だが、それにしても長年の敵をここまで簡単に受け入れるエデンの姿勢には疑問が残る。


(けど、今色々と考えても仕方無いか)


「あ、ほら貴方のことも言われてるわよ」

「何!?」


 黒神は慌ててテレビに集中する。命をかけてまで神原と戦ったのに、悪者にされているのではたまらない。

 そう思って見ていたのだが、


『連日お伝えしておりますが、この「楽園解放」の野望を打ち砕いたのは黒神終夜という少年です。ビルに設置されていた監視カメラの映像をもう一度ごらん頂きましょう』


 あのビル、廃ビルのくせに監視カメラが作動してたのかというツッコミをしたいが、映し出された映像に、そんな思いは吹き飛んでしまった。


「俺たち、あんな戦いをしてたんだな」


 もちろん、朝影や赤城のことも紹介されてはいたが、主役は黒神らしい。

 ちなみに、朝影は『楽園解放』のメンバーであるが、エデンのために反旗を翻したと紹介されていた。


「実際は違うんだけど……まあ、いいわ」


 朝影はため息を吐いていた。

 そして、リポーターは映像が終わると、ゆっくりとこう告げた。


『彼は、エデンを救った――』





 ――『英雄(ヒーロー)』です。

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