第一章 束の間のあれこれ(4)
「俺たちって、蚊帳の外じゃね?」
ホープの大通りに位置する喫茶店。4人用のテーブル席で向かい合う少年少女。学校があるわけではないのに制服姿の2人の手元には、とりあえず注文したドリンク。
長い茶髪をオールバックにした少年、鏑木蒼真はストローでオレンジジュースをかき混ぜながら呟いた。特徴的な碧色のタレ目は向かい側の少女へと向けられている。
「まあ、仕方ないんじゃない?」
ショートカットの、いかにも活発そうな茶髪少女。全体的に小柄(具体的な言及は避ける)で、少女というより少年のような印象を受ける。それでも、ぱちりと開かれた大きな赤い瞳は女性のソレであろう。
彼女の名は、二宮未来。鏑木とは小学校からの付き合いだ。
「仕方ないって……いいのかよ?」
「いいわけないじゃん。一応、あたしたちもあの事件の当事者なんだし」
あの事件。
自分たちの通う学校が一瞬にして崩壊した、思い出すのも躊躇うほどの事件。この2人は事件の被害者でありながら、襲撃者と対峙し、撃破した人間である。
故に、当事者。
「でも、先輩たちからしてみればあたしたちはまだ実力不足ってことでしょ?」
妥協したような台詞を吐きながら、不機嫌そうにジュースを飲み干す少女。内心では彼女も納得していないのだろう。
彼らが所属する部活の先輩たちが今どこにいるのか。どんな状況になっているのか。全て、彼らの耳には入ってこない。それを、実力不足だから納得しろと言うほうが難しかろう。
「はあ、学校ないからそう簡単に会うことも出来ないしな。メールしようにも、見てもらえるかすら分からないし……八方塞かよ」
両腕を頭の後ろで組み、鏑木は体を背もたれに預ける。視線は少し汚れが見える天井へ。
空気が重い。視界の外の二宮はどうしているだろうか。ズコーズコーという音が聞こえるから、氷だけになったグラスをストローで吸っているのかもしれない。
流れる沈黙。
それを破ったのは、鏑木でも二宮でもなかった。
「……あれ、お前たちもしかして歓談部の?」
かけられた声に視線を向けると、テーブルの傍の通路に、今入店したであろう少年が立っていた。鏑木と同じ学校の制服に身を包み、驚いたような表情でこちらを見ている。
肩まで届くほどの茶髪、女性のように大きな黒眼。中肉中背の所謂チャラ男の雰囲気を纏った少年は、鏑木と二宮を交互に見回し、
「やっぱりそうだ。確か……鏑木と二宮だろ?」
「そうですけど……誰っすか」
2人はチャラ男を見ながら、警戒。同じ制服を着ているとはいえ、無害とは限らない。
そんな2人の視線に怯えたのか、チャラ男はたじろぎながら言葉を継ぐ。
「おいおい、身構えるなって……終夜から噂くらい聞いたことないか? 俺は南波洋介、終夜のクラスメートだ」
「南波……ああ、いつも終夜先輩がディスってる先輩だ!」
「……あいつ、後輩に何吹き込んでるんだよ」
肩を落とし、涙目になる南波。彼は俯きながらも、同席していいかを問うてきた。鏑木は一瞬迷ったが、これはチャンスではないのかと思い直す。
黒神終夜に近い存在。しかも同学年の友人なら、部活の後輩よりプライベートでも会う機会が多いはずだ。もしかすれば、情報を得られるかもしれない。
二宮に視線を送ると、彼女はゆっくりと頷いた。同じ考えに至ったのだろう。そして鏑木は隣の椅子に置いていた荷物をどかし、南波に座るよう促した。
「ありがとう。1人じゃなんとなく寂しくてね」
「いや、じゃあなんでこの店に来たんすか……」
「あの、南波先輩」
早速、二宮が切り込む。前のめりの彼女は南波をしっかりと見つめながら、
「黒神先輩が今どこにいるか分かりますか?」
「急だね……うーん、流石にそれは分からないな。でも、ついこの間病院に運ばれたって聞いたな」
「え……また!?」
思わず出た大声に、二宮は小さな口を両手で抑えた。
あの男は一体何度病院の世話になるのか。横で聞いていた鏑木は心の中で呟いたが、恐らく二宮も同じことを考えているだろう。
「じゃあ、今日もまだ病院にいるとか」
「いや、それだったら俺も分からないとか言わないよ。現代医学を舐めちゃいけない」
それから数十分ほど会話が続いたが、結局黒神の居場所は分からなかった。もちろん、他の先輩たちも。だが、少しだけでも足取りが掴めただけまだマシか。
「悪いね、力になれず」
「いえ、俺たちが知らないことを聞けたのでありがたいですよ」
「そうか、それは良かった。あ、ここは俺が払うよ。一応先輩風吹かせとかないとね」
これが1番の得だったかもしれない。遠慮する素振りを見せながらも、鏑木と二宮は先にレジへ向かった南波の所へ向かう。
「なあ未来、いい人だな、南波先輩って」
「うん。黒神先輩があんなに言うから、もっとロクでもない人かと思ってた」
そんな話をしながら、支払いを終えた南波に続いて店を出る。太陽の眩しさに目を眩ませ、彼らは店の入り口で立ち止まった。
「そうだ、これから終夜がいそうな場所に行くつもりだけど、一緒に来るかい?」
振り返りながら、笑顔で提案する南波。
鏑木と二宮はお互いに顔を合わせ、目線だけでお互いの意思を確認しあった。この提案には、乗らない理由がない。
「先輩が良いなら、一緒に行きたいです」
「じゃあ決まりだね。こっちだよ」
どことなく嬉しそうな笑顔の南波の後ろを、2人は歩き始める。彼らが遠ざけられていた領域へと。
だが、彼らは気付いていなかった。踏み込んだ先にあるものに。そして、南波の笑みに含まれているものに。




