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第一章  束の間のあれこれ(3)

 エデンの中核たるビル。ここには『管理者』と呼ばれるエデンの政治を司る者たちが集まり、会議などを行っている。ちなみに、『管理者』の中でも最高位である『管理人(マスター)』はこのビルで生活をしている。


 さて、今この瞬間、この場所には2人の人間しかいない。1人は『管理人』朝影望(あさかげのぞみ)。もう1人は、エデンの治安維持部隊隊長である神原嵐(かんばらあらし)。彼は『管理者』ではない。


 それどころか、この2人は本来このような雰囲気で対峙するべき組み合わせではなかった。かたやエデンのリーダー、かたやそのエデンを破壊しようとしていた集団のリーダー。


 いがみ合うべきだった2人。それが、円卓1つの会議室のような場所で話をしているというのは、やはり人生は何が起こるか分からないものだ。


「それにしても、流石に驚いたぜ。まさか俺たちが敵対していたエデンのリーダーが光の姉だッたとはなァ」

「それを言うのなら、私からすれば貴方が我々に協力的になったのも驚きでしたよ。もっと抵抗なさるのかとおもっていましたから」


 大きな円卓を挟んで背を向けて立つ両者。どちらも振り返らず、望は設置してあるホワイトボードを見つめながら、神原は円卓に体を預けながら。


「……テメエに従ッたつもりはねェ。俺はあくまで黒神に手を貸してるだけだ。もしアイツがテメエらを敵と判断したなら、俺は容赦なく牙を剥く」


 冗談などではない。これは神原の本心だ。そもそも彼は今のこの状況をあまり好ましく思ってはいない。端的に言えば、いい歳の大人はそう簡単に自分の主義主張を変えられない。


 神原は今でも『エデン破壊論者』だ。厳密には『実験破壊論者』か。


「テメエらが俺の仲間を殺した事実は消えねェ。それは、俺たちだッて同じだ。エデンの人間を何人も殺してきた。そんな間柄同士、仲良くなれるわけがねェだろ」


「過去は変えられない、ですか。確かに、『セカイ』の力を持ってしても無理でしょう。ですが、未来は違います。いつか、お互いに心から仲間と認められる日が来ると信じていますよ」


 その言葉に、神原は舌打ちした。望の言葉を否定できなかったからだ。

 敵同士だった神原と黒神は現在仲間と認め合っている。それは、先ほど彼自身が認めてしまった。


「……で、俺を呼び出した理由はなんだ」


 これ以上は墓穴を掘るだけ。そう判断した神原は話を本題へと持っていった。

 実は、今日神原はこの場に1人で来るように指示されていたのだ。望によれば、大事な話があるらしい。


「そうですね、あまり長話するのも申し訳ありませんから、お話しましょう」


 そう言って、望は後ろを振り返る。腰まであるストレートの黒髪が彼女の動きに合わせて靡く。その挙動だけで世の男性は彼女から目を逸らすことが出来なくなるだろう。柔和な瞳が、神原の後姿を捉える。


「もうお分かりでしょうが、近いうちにエデンは再襲撃されます。分派した楽園解放、『裏』に身を置いていた成宮清二(なるみやせいじ)……そして『原点』」


「……はッ、まさか『原点』と黒神が知り合いだッたとはなァ」


 神原は数日前、ここで過去の話を聞いた時のことを思い出していた。『原点』の写真、つまりその姿の元となった上月大河(こうづきたいが)という研究者の高校時代のそれを見た瞬間の黒神の顔は、今でも鮮明に彼の脳裏に残っている。


「見つけられなかったことが悔やまれます。もしもっと早く気付けていたら……いえ、仮定の話は止めておきましょう。ともかく、今後エデンは戦場と化すでしょう」


「エデンを守るための戦い……気が進まねェな」

「そう仰らずに……なにせ、私は貴方に指揮をとって頂きたいと考えているのですから」


 その言葉に、神原は驚き振り返った。だが、こちらをじっと見つめる大きな瞳が、冗談ではないことを訴えている。


 美しき女性は、更に言葉を継ぐ。


「敵の大半は貴方の元部下。それに、我々の戦力の中でリーダー足りうるのは貴方しかいません」

「俺が裏切るかもとかいう心配はねェのか。テメエの言う通り、あいつらは元部下だ。だからこそ、感化されるとは思わねェのか」


「今の貴方は、少なくとも何が正しいのか分かっているはずです」

「…………」

「それとも、怖いのですか? 再び負けるのが」


 神原の全身に寒気が走った。

 そう、彼は1度元部下に大敗しているのだ。怪我は完治しているものの、メンタル面はそうはいかないだろう。四肢を打ち抜かれ、あっさりと戦場から退場させられた。屈辱以外の何物でもない。


 それを、目の前の女神のような女性は平然と言い切った。怖いのか。またあんな屈辱を受けるのが、恐ろしいのか。


「本当に、気に入らねェ女だ。昔の俺ならとッくに掴みかかッてるぞ」


 望は俯き震えながら言う神原に微笑を向けている。だが、その瞳は笑ってなどいない。巨漢を捉え、離さない。


「そこまで言われちゃァやるしかねェだろ。だが、分かッてるのか? これはただの戦いじゃァねェ。世界を巻き込む――」

「それはありません」


 即答。否、言い切る前に望は答えを出した。まるで、この言葉を待っていたかのように。挙句の果てにはちょっとドヤ顔。

 怪訝な顔で神原が問う。


「どォいう意味だ」

「ですから、第4次世界大戦など起こらないと言ったのです。戦場はあくまでここだけ」


「何故そォ言い切れる」

「……『管理者』たちを侮ってはいけませんよ?」


 いたずらっぽく、唇に人差し指を当ててウインク。望は得意気な表情を崩さずに話を続けた。

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