第四章 介入、それが引き金(6)
7月12日某時刻。
ルーシー連邦、最前線。凍えるほどの寒さの中、ルーシーの兵士たちはアマリア軍と激しい戦闘を行っていた。
銃弾の雨、時折戦車から砲弾が飛び交う音も響いている。響くだけならばいいのだが、いくつかの砲弾が自分の近くに落ちてきて体を吹き飛ばされたり、それを避けようとして流れ弾に当たってしまったり。
戦争は地獄だ。ほんの一瞬気を抜いただけで死に直結する。仲間も大勢死に、心が折れて大の大人であるにも関わらず泣き喚く者もいる。
お母さん、お母さん――どこからともなく聞こえてくる言葉。
それは、ルーシー軍に限った話ではない。アマリア軍でも同じ状況が起こっている。
それでも戦わねばならない。銃を持ち、引き金を引かなければならない。
自分が悲しむ代わりに、他の誰かを悲しませる。自分が死ぬ代わりに、他の誰かを死なせる。
戦車のキャタピラが、半ば凍っている大地を小さな岩諸共踏み潰していく音がする。その姿を見たものは、死を悟る。
だから、対抗するためにこちらも戦車を出す。
戦況は拮抗していた。しかしそれはルーシーにとって良い状況ではない。ここはルーシーの最前線防衛ライン。
つまり、彼らの全戦力がここに集中しているのである。対して、アマリアはまだ余力を残している。ここで拮抗しているということはすなわち、戦力差が開いているということだ。
「くそっ、まだ後退指示は出ないのか!!」
ルーシー軍の誰かが叫んだ。
「このままじゃ全滅だぞ! 司令部は何考えてるんだ!?」
また、別の誰かが。
希望を叫ぶことでしか、誰かを糾弾することでしか自我を保っていられない。もし後退指令が出ず、戦い続けることになったら彼らは発狂してしまうだろう。
次の瞬間、空から轟音が響いてきた。
誰かが、味方のヘリが航空支援に来てくれたと叫ぶ。別の誰かは、あれはアマリアのヘリだ、追撃をしかけに来たんだと慄く。
しかし、どちらも正解ではなかった。
ちょうど向かいあうルーシーとアマリアの中間の位置で滞空し始めたヘリから、2人の人間が振ってくる。
彼らは黒いローブで全身を覆っていた。そして、さらにローブを白い光が包み込んでいる。
かなりの高さから落下してきた2人は、大怪獣でも降ってきたかのような音を響かせて着地。ほぼ氷と化した雪が、その衝撃で大量に舞い上がった。
背中を向け合い、片方はルーシーを、もう片方はアマリアを視界に入れた。
手をかざし、白い光線を発射する。
両軍共に、何が起こったのか分からなかった。事態を認識したときには、既に両軍の戦車が木っ端微塵に吹き飛んでいた。
恐れを感じたアマリアの兵士が彼らに向かって発砲するが、白い光に銃弾が当たった瞬間それはひしゃげてしまい、地面に落ちる。
何発撃っても、結果は変わらない。
最早、ルーシーとアマリアの対立など誰も気にしていなかった。
突如として現れた2人に向かって、両群共に攻撃を仕掛ける。
だが。
彼らは全く傷を負うことなく、数分で両軍を鎮圧。
夢でも見ているのか。
あるルーシー軍の兵士は後に、この出来事をこう表している。
『あれはまるで、神の化身のようだった』




