第四章 介入、それが引き金(4)
2人きりの研究室。
黒神と来栖。彼らはお互いに俯いたまま、休憩室に言った木霊を待っていた。
「……心配ですか、先輩のこと」
「ん? ああ……当然だ。3年もの付き合いだからな。でも、俺以上にお前たちの方が心配してるだろ」
「それは、そうですけど……」
再び訪れる沈黙。
来栖は自分の椅子に座ったままモジモジしていた。この空気に耐えられないのか、それとも別の理由があるのか。とにかく彼女は恥ずかしそうに椅子をクルクル回したり、両手で顔を覆ってみたり、落ち着きがなかった。
「どうしたんだよ、来栖」
大きな傷跡のある眉をひそめながら、黒神は様子のおかしい来栖に声をかけた。
驚いた彼女は変な声を出して、横目で黒神の顔を見ながら、
「あの、こんな時に聞くのもなんですけど……黒神さんってその、結婚とかしてるんですか?」
本当に、あんな話を聞いた後に何故そんな話をしてきたのか黒神は不思議に思った。だが、恐らく彼女はこの重苦しい空気をどうにかしようとしてくれているのだろう。
それに気づいた黒神は微笑しながら答える。
「一応、息子がいる」
「え……」
「今年で1歳になるんだがな」
さっきまでモジモジしていた来栖が、分かりやすくショックを受けているようだ。彼女は本当に空気を変えるためだけにこの話題を出したのだろうか?
「じ、じゃあ奥さんとか……」
「いや、死んじまったよ息子を産んですぐにな。元々体が弱かったから、覚悟はしていたんだが」
「あ、その……ごめんなさい」
「別に良いさ。あいつが死んでからもう1年。流石に立ち直ってる」
そうは言いながらも、彼は哀しそうな目をしていた。そしてそれは来栖も同じである。
「おいおい、お前までそんな顔しないでくれよ。折角の美人が台無しだぞ?」
「……ふふ」
「な、何で笑うんだよ」
「いえ、そんなこと先輩だったら絶対言わないだろうなぁって」
「それは言えてるな。ま、何せ幼馴染の気持ちにも気付かない鈍感野郎だし、何より……あいつは純粋すぎる」
だから、支倉たちに利用されてしまったのかもしれない。そう、黒神は思った。
「前半部分は、黒神さんも同じような気がしますが……」
「何か言ったか?」
ぽつりと呟かれた来栖の言葉は、黒神には聞き取れなかった。思わず聞き返したが、彼女ははにかむだけでそれ以上繰り返そうとしない。
「それにしても、遅いな」
「ええ……水を飲みに行くだけでこんなに時間がかかるとは思えないですし、誰かと話してるんですかね?」
木霊が出て行ってから20分。流石に時間がかかりすぎている。
黒神と来栖は様子を見るために休憩室へと向かった。だが、そこに木霊はいない。ただ、彼女が水を飲むために使ったであろうコップだけが流しに置いてある。
「……嫌な予感がする」
「私もです」
黒神の額から、冷たい汗が流れ出す。もし、この予想が当たっていたなら。そう思うと、噴出してくる汗の量は増えた。
「来栖、俺から離れるなよ」
「……はい」
向かうは、所長室。彼の予想通りならば、木霊はそこに向かったはずだ。
今の状況で外に向かうはずはない。
「頼むから、思い過ごしであってくれ……!!」
数分後、所長室にたどり着いた彼らは部屋の中に落ちていた、研究所員であることを示すカードを見て希望が打ち砕かれたことに気付いた。
そのカードが示していた人物は――




