第三章 要するに、王手(5)
男だけでなく女までも振り向かせるほどの抜群の容姿の女性、木霊芽衣。彼女は複雑な表情で研究室へ向かっていた。
後輩であり良き友でもある来栖に嫉妬し、思わず部屋から走り出てしまった自分を上月が追いかけてきてくれたことは嬉しかった(その後の一件は置いておくとして)。
そして、勢いで彼に想いを伝えられそうな所まで行った。それ自体は恥ずかしくとも、悪いことではなかろう。
だが、肝心な時にかかってきた彼への所長からの電話。
それによって彼女の一世一代の言葉は遮られてしまったのだ。
振られる可能性を考えれば、遮られて良かったのかもしれないが、それでもやはりやりきれない。
廊下を歩くだけで多くの視線が彼女に向けられるのだが、今はそれすらも気にならない。
大きなため息を吐き、肩を落としながららトボトボと。
気付けば、研究室までたどり着いていた。ドアを開けると、そこに待っていたのはニヤニヤしている来栖であった。
「うへへ、どうだった芽衣ちゃん。彼のハート、掴めた?」
「恵ぃぃぃ……!!」
この小悪魔、どうやらこの一連の流れは全て計画的なものだったらしい。
「だって、2人とも全然進展しないし……見てるこっちの身にもなってよね。モヤモヤモヤモヤ、早く付き合っちまいなよ!! って思っちゃうんだから」
「あんなやり方は認められない。でも……その、ありがとう」
「で、どうなったの? 言えたんでしょ、芽衣ちゃんの気持ち」
木霊はあったことを全て話した。
上月が吐いたくだりでは爆笑していた彼女だったが、所長からの電話の話になると不満そうに唇を尖らせた。
「あんの髭親父、どんだけタイミング悪いのよ! 芽衣ちゃんと先輩の大事な瞬間を……って、ああ、だから先輩がいないの?」
「ええ、大至急って言われてたからすぐに行ったわ。でも、あの所長が大河に大至急の用事なんて珍しい……」
「確かに。ただでさえ自分は殆ど研究所にいないのに……なんか、不気味」
不審に思いながらも、2人はそれぞれのデスクに戻った。そしてパソコンを立ち上げ、仕事に戻る。
「芽衣ちゃん、次はどんな作戦がいい?」
「もう遠慮させてもらうわ。私重い女みたいになっちゃうし」
「…………」
「……え?」
謎の沈黙に不安になる木霊だったが、深く考えることは出来なかった。
突然勢い欲研究所のドアが開き、見覚えのある屈強な軍人が慌てた様子で入ってきたからだ。
「な、何!? って……黒神君!」
「あ、黒神さん。どうしたんですか息を切らせて……」
2人とも入ってきた軍人、黒神天明とは面識がある。上月の助手である木霊は当然だが、何故来栖も?
答えは簡単だ。彼女はよく研究室に遊びに来ており、その際に黒神と会った事がある。
木霊が向かうより早く、来栖が黒神の近くへ行った。飼い主が帰って来たときの子犬のような姿に、木霊は首を傾げる。
(んん? もしかして恵って……)
そんなことを考えていると、黒神が叫ぶように、
「大河はどこだ!?」
「え、先輩なら所長に呼び出しを受けて……」
「まさか、行ったのか!」
「はい……そうですよね芽衣ちゃん」
「ええ。5分くらい前に」
「畜生、遅かった!!」
固く握られた拳が壁に叩きつけられる。
その轟音に、木霊と来栖は言葉を失ってしまった。
嫌な静寂が、研究室を包み込む。




