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第二章  場が整う時、全ては動く(2)

「分かったよ、聞いてやる。だが、俺の判断は厳しいぞ?」


 半ば呆れ顔で上月は来栖の申し出を受け入れることにした。厳しいとは言ったものの、そもそも彼はこれまで研究室に入れるかどうかの判断をしたことすらない。


 木霊は幼馴染であり、所長から誰かを助手に付けろと言われたから自動的に入れただけであり、このような状況は本当に初めてなのである。


 故に、彼としても少しばかりの緊張が。


「では行きますよ先輩。まず、私が超能力の研究をしているのはお分かりかと思います」


 この部屋にプロジェクターは無い。そこで、来栖は懐に隠し持っていた紙の資料を上月に渡した。数は、5枚。


「実は、超能力自体は既に実用化の理論が出来上がってるんです」

「……はぁ?」


「やっぱり信じてはいただけませんね。では、1枚目を見てください」


 資料に目を落とすと、1つの図とその周りの文字の羅列が目に入った。

 どうやら図は、人の遺伝子を示しているらしい。


「先輩、『氣』って知ってますか?」

「『氣』? 『気』じゃなくてか?」


「『気』の旧字体が『氣』です。厳密には意味が違いますが……まあ、それは置いておきましょう。『氣』は、つまりエネルギーと同義だと思ってください」


 元気、病気、殺気――そして気配など、『氣』は至る所に使われている。

 最も分かりやすいのは気配だろう。『氣』を『配る』。詰まるところ、人間には『氣』というエネルギーが備わっているということだ。


 そしてそれを、我々は様々な形で外部に放出している。それを表したのが上記の漢字たち。


「これが、超能力の源になるんです。つまりは『氣』の操作……それこそが超能力ということです」

「でも、超能力って言うと炎を出したり、空気を操ったりってイメージだと思うんだが……」


 上月が食いついたからか、来栖は得意気な顔をしてみせた。そして、彼の周りをうろうろ歩き回りながら、話を続ける。


「確かに、漫画とかではそう描かれてますね。それについては、『氣』を応用することで可能となると考えられます。試してみないと分かりませんが」


「なるほど、その『氣』を炎とか水とかに変換するってことか」

「イグザクトリー!! 理論上、可能なんですよ。これこそ人間の神秘!」


 若干興奮している後輩を無視し、上月は資料をめくった。3ページ目までは『氣』についての考察が書かれていた。無効化についても研究しているようだ。


 もちろん、『氣』の応用についても載っていた。

 今まで超能力というだけで敬遠してきたが、流石に上月もなるほどと思わずにはいられなかった。それほどまでに、完璧な理論なのである。


「ん、ここからは……?」

「あ、ちょっ、まだ説明終わってませんけど!! ……まあいいです。4ページ以降は今研究している内容です」


 見出しは、『超能力の移譲』。


「交換、と読み替えていただいても構いません。ここまでに説明するつもりだったんですが、『氣』は遺伝子に含まれているようなんです。そこで、1度発現した能力を他人に委譲できるかを検討しようと思いまして」


 全ての人間に備わっているとはいえ、『氣』には個人差がある。炎への変換が得意な者もいれば、『氣』のままでしか扱えない者もいるだろう。


 だからこその移譲機能。己が理想とする能力に近づくための手段。

 更に言えば、これを解明することで超能力が発現しなかった者への救済措置ともなり得る。


 つまり、他人の『氣』を少量与え、その刺激によって当該人物の『氣』を発現させる。語弊を恐れずに言うのなら、超能力の強制的発現だ。


「これはまだ研究途中です。それに、理論を組み立てられたとしても、実験による証明が必要です」

「それを、ここでやりたいと?」


「ここの奥、全然使ってませんよね。あんなに素晴らしい機械があるのに使わないのは宝の持ち腐れです!」


 そう、実は上月のデスクがある方の壁の奥には出入り口とは違う、もう1つのドアがある。その先にある部屋に、大きな実験器具が置いてあるのだ。


「……1つ、聞きたい」

「何でしょう!」


 尻尾を振りながら擦り寄ってくる子犬のように嬉々としている来栖に対して、上月の声のトーンは低かった。


 真剣な眼差しで、彼女を見つめる。


「その実験、どうやってやるんだ?」

「え……」

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