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第一章  何度でも(9)

 所長室。

 と言っても、どこぞの企業にある社長室と同じように、部屋の壁に貼られている大量の賞状や、ガラスケースの中に並ぶ何かのトロフィー。


 来客用のテーブルとソファー一式が部屋の中央にあり、奥には所長が使う高級そうなデスクと回転可能な椅子。


 簡素。およそ科学者の長がいる場所とは思えない。


「いやこれが普通なんだろうけど、研究室の風景に慣れすぎてるからなぁ」


 上月は所長室のドアをノックし、中からの返事を確認して部屋に入った。

 奥の椅子に座り、優雅にマグカップを口に運ぶ初老の男性が1人。鼻と口の間に蓄えられた立派な髭が特徴的だ。


 丸眼鏡をかけているというのに瞳は強調されておらず、糸目がこちらを見つめている。全体的に丸みを帯びていて、腹部はだらしなく膨らんでいる。


 耳元で90度ほどカールした金髪も特徴と言えば特徴か。


「大河君、まあ座りたまえ」


 促され、上月はソファーに腰掛けた。カップを置いた所長は上座に移動する。


「何の用だい? あと少ししたら軍人さんの相手をせねばならんでな」

「まだ対応して無かったんですか? つーことは……どうなってるんだ?」


「ハテナマークばっかりだな」

「いや、今回の訪問がちょっと早いなと思ったもので、一応聞いてみたら誰かが新兵器を開発したと聞きましてね」


「ああ、それワシだよ」

「……素直ですね」


「褒め言葉として受け取っておこう。すまんな、大河君たちにも知らせようとは思っていたのだが、群に報告したらすぐに来ると言って聞かなくて、準備に忙しかったのだ」


 やはり、今回の訪問の理由は所長・支倉慶吾(はせくらけいご)の研究によるものであった。さらに話を聞くと、この研究室には地下施設があるらしく、彼はそこでずっと研究をしていたらしい。


 だから研究所内では滅多に会わなかったのだ。


「んで、その新兵器ってのは一体どんなものなんですか?」

「機密情報にしとけと言われたよ。まあ、すぐに披露することになるがな。そうだな、今言えるのは……」


 間があった。

 支倉は髭を撫で、目線を斜め上に向けながら1度、深く息を吐く。



「『原点(オリジン)』。ワシはあれをそう名付けた」



 『原点』。その言葉だけでは結局どのような兵器なのかは分からない。

 だが、その完成が非常に重要なことであるということは、支倉の声の力強さから伝わってきた。


「まさか、大量破壊兵器とか言うんじゃないでしょうね」

「強ち間違いでもない。だが、使用するのは容易だろう」


 そこで、上月は首を傾げた。

 確かに日本は現在、アマリアに対して武力供給を行っている。が、核兵器や大型爆弾などの大量破壊兵器は提供できないことになっている。


 それは、日本の人道的な立場から来る当然の結論でもあり、かつ日本がそのような兵器を開発する危険性に対するアマリア連合の警戒でもある。


 いずれにせよ、支倉の言葉には明確な矛盾が存在しているのだ。


「む、そろそろ来る頃だな。案ずるな、これを使うか否かを決めるのは軍人。万が一に批判されたとしてもワシらには関係ない」


「……信じますよ」


 そう言って、上月はソファーから立ち上がり、部屋から出て行った。

 誰もいなくなった部屋で、支倉は呟く。




「君には信じておいてもらわねば困る。君は……『原点』の最後のピース足りうるのだから」









 戦場からかけ離れた平和な国、日本。

 だが、そんな場所でもある種の陰謀が渦巻いていたのである。

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