第一章 何度でも(6)
心配しながらも、武田と別れた2人は当初の予定通り図書館へと向かった。
夏だと言うのに人間がぎゅうぎゅうに詰まっている電車の中。なんとか1人分の席を確保した上月は木霊をそこに座らせ、自分は吊り革を握って立っていた。
「ごめんね大河、私だけ座らせてもらって……」
「いいんだよ。レディーファーストだ」
「大河の口からそんな言葉がでるなんて思ってもみなかったわ。その調子で部屋の片付けも自分でやって欲しいものだけれど」
痛いところを突かれた男は、苦笑いを浮かべてはぐらかすしかなかった。
「まあ、でも……少しは見直したわよ」
「あん?」
「武田君の件よ。大河があんな行動に出るなんて、正直驚いたわ」
位置関係のためもあり、木霊は上目遣いで言う。にこりと笑っている彼女は、人ごみの中に1輪だけ咲く花の如く。
「分かってるのに救えないのは、後味悪いだろ。大体、俺だって自殺者が出てたことに無頓着なわけじゃないんだよ」
「ふーん。これで明日筋肉痛になってたりしたら台無しだけどね」
「余計なことを言うんじゃねぇよついでに言うともうすでに筋肉痛だぞ」
「もう!? ってか、それなら尚更立ってちゃ……」
よく見ると、吊り革を持つ彼の右腕が震えている。それだけじゃない。電車が揺れる度、踏ん張りきれずによろめいてしまう。
「台無し」
「無茶言うなよな……大学出てからまともな運動なんてしたことねぇんだから」
木霊は無理矢理にでも席を譲ろうとしたが、周りの人間の圧のせいで身動きがとれず、結局目的の駅まで2人の位置関係が変わることは無かった。
時間が経つごとに痛みは増し、図書館から帰る頃には木霊が上月に肩を貸しながら歩くという、男としてはなんとも情けない光景となっていた。
「うう……大河、重いんだけど」
「失礼な。標準体重だぞ」
「分かってるとは思うけど、私女子なのよ。男子の標準体重でも、かなり重いの」
「……すまん」
周りからの視線も痛い。
聞こえてくる話し声によると、どうやら上月が酔っ払ってしまって、それを木霊が介抱していると思われているようだ。
「なあ芽衣」
「どうしたの?」
「……恥ずかしい」
「こっちの台詞よ!」
肩を落とし、泣きそうな顔で俯いている上月を引き戻すように木霊が体を動かした。突然の動きに驚いた上月は思わず彼女の肩に回わされたまま、だらりと伸びている左腕を動かしてしまう。
それがいけなかった。
「――あっ」
柔らかな感触。彼女の肌に触れたからではない。というか、触れたのは服の上からだ。
それでもその柔らかさが分かる突起物。丸みを帯びてそれを包む下着の硬さがほんの少しだけ伝わってきて――
上月は考えた。
どう言い訳するか。どうはぐらかすか。
だが、何も思い浮かばない。
恐る恐る木霊の顔を覗き込むと、彼女は顔を熟れたリンゴのように真っ赤にしていた。動きが止まり、俯いていた彼女はゆっくりと顔を上げて、微笑んでみせた。
そこで、上月は気付いた。
彼女の目は、笑ってなどいないということに。
直後、木霊の怒声と共に上月の腹部にその拳が炸裂した。




