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終章  ソシテ2人ハ……

 時は遡り、1月29日。

 赤城と氷川は『白』の本部にある自室にいた。今日は赤城が洗い物をするために台所に立っており、黒縁眼鏡姿の氷川はテーブルの前で正座しながら彼が淹れたお茶を飲んでいる。


 太陽は沈み、夜の静寂が『裏』を包む。

 『白』と『黒』が一時停戦状態にあるためか、外から物騒な音がすることは無い。


「……どうするか、決まりましたか?」


 氷川は赤城の方を見ずに、優しい声色で尋ねる。

 1月26日の戦いで明らかになった真実。それを、『白』のメンバーは受け入れられずにいた。だが、リーダー代理となった篠塚が『黒』との共闘の意思を示したことにより、状況は変わり始める。


 『黒』との共闘、つまり成宮勢力の打倒及びエデンの防衛を決心した者は篠塚の下に付き、そうでない者や答えが出ない者たちは散り散りになった。


 その結果、諜報部を合わせても『白』の勢力はこれまでの半分以下となってしまう。

 そもそも『白』とは、エデン破壊論者の集団。このような結果になるのもおかしくはない。寧ろ、少数でも残っただけいい方だ。


 氷川の問いはそんな状況も踏まえてのものである。

 現在の『裏』においてグレーゾーンにいる赤城と氷川。だからこそ、彼らの選択が運命を大きく動かす。


 赤城は蛇口を捻って水を止め、一瞬天を仰いだ。

 そして、


「俺は、闇野たちと共に行く。まあそもそも、俺の目的は親友を助けることだし。それに繋がるならなんでもいい」

「吹っ切れたみたいですね。それでこそ焔さんです」


 成宮の行動のせいで、最早エデンの『表』と『裏』という構造は崩壊しつつある。彼が『表』に逃げた可能性がある以上、『表』で殺し合いが起こってもおかしくない。


 闇野と共に行くということは、それに踏み込むということだ。

 つまり、自らが犯罪者となりかねない道を行くということ。


 それでも赤城は行くと決めた。

 その決断を、氷川も受け入れた。彼女は立ち上がり、台所まで歩いて空になった湯のみを彼に差し出す。


 彼女は眼鏡のせいでさらに強調された綺麗な黒眼で赤城を見つめながら、


「どこまでも着いていきますよ。もう焔さんと私は一蓮托生です」


 はにかみながら言う氷川の姿に、赤城は胸を打たれたような気がした。にやけてしまいそうになるのを必死に堪えながら、彼は湯飲みを受け取ってこう返した。


「それは、遠まわしの告白ってことでいいの?」

「……さあ、どうでしょう?」


 いつもの氷川と違う。普段なら顔を真っ赤にして怒ってきそうだが、彼女は冷静だった。


「つまんないな」

「どうしてですか!?」


 結局怒鳴った氷川は、赤城に背を向けながら言った。


「そう言えば、焔さんが『裏』に来るまで私が何をしていたのか聞きたがっていましたよね」

「……教えてくれてるのか?」

「ええ。私は諜報部にいました。と言っても、形上はですけど」


 彼女が諜報部にいる間、狩矢真(かりやまこと)がサポートしてくれていたらしい。

 その際、彼は氷川の分まで仕事をしていた。何故なら、狩矢は氷川の目的を知っていたからだ。エデンの興亡に関係ないその目的遂行のための、彼なりの最大の気遣いだったのだろう。


「流石に、私と焔さんの関係まで知ってるとは思いませんでしたけど」

「俺ですら忘れてたのにな」


 次の瞬間、赤城の胸倉には眉をひそめた氷川の右手が。


「本当ですよ。割とショックだったんですからね!」

「ご、ごめんなさい……」

「とにかく、何かサボり魔みたいで恥ずかしかったんですよ。こんなこと言うのは」


「……でも、話してくれたじゃん。俺はそれだけで嬉しいよ」

「何を言ってるんですかもう。そうだ、私も全部話したことですしそろそろちゃん付けをですね……」


「それは……また今度な」

「どうしてですか! ほら、氷川ですよひ・か・わ。さあ、観念しなさい!!」


 ニヤニヤしながらツンツンと顔を突いてくる氷川に、赤城は若干頬を赤くしながらも洗い物に目を落とした。


「あー、まだ洗い物がこんなにたくさんー」

「棒読みじゃないですか! しかも洗い物は、私の湯のみだけです!!」

「あーあーきーこーえーなーいー」

「今日と言う今日は許してあげませんからね。早く呼びなさい!!」











 結局、赤城が氷川を呼び捨てにすることは無かった。

 だが、氷川は数日前に呼ばれた名に満足している。彼が、初めて呼び捨てでしかも下の名を呼んでくれたことに。


 だからこそ、もう一度呼んで欲しいのだ。

 この感情はなんだろうか。いや、彼女はもうその正体に気がついている。


 しかし、今はその感情に支配されるわけにはいかない。

 これから、更に悲惨な戦場が待っているかもしれないのだから。


 それでも、赤城と一緒なら乗り越えられる。

 彼女はそう、確信していた。

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