第二章 復活の覚悟(2)
病室の扉が開く音がした。
黒神は看護士か医者が入って来たのだと思ったが、そうではなかった。
「よお、終夜」
赤城焔。黒神の親友である彼が、病室へと入ってきた。
「焔か……」
「気分はどうだ?」
金髪のツンツン頭の男は黒いジーパンに、無地の白いシャツそして黒のジャケットを着ていた。部屋に来たときとは全く印象が違う。
赤城は見舞いのために持ってきたであろうケーキの入った箱を、ベッドの近くにあるテーブルに置く。
「はは……なんつーか、よく分かんないや」
黒神の頬を伝う涙を見て、赤城は歯噛みした。
滅多に泣き顔を見せない親友が、泣いている。赤城が見ているのに、拭う素振りも見せない。そのことに、悔しさを感じる。
「なあ終夜、話してくれ。朝影ちゃんと出会ってから何があったんだ? 俺に、きちんと説明してくれ」
赤城は優しく話しかける。それに呼応するように、黒神は『楽園解放』のことも含めて全てを打ち明けた。『楽園解放』のことを話すということは、赤城もその領域に足を踏み入れることを意味するのだが、そんなこと考えている余裕は無い。
朝影と戦ったこと、能力が発現したこと、そして……神原に敗北したこと。
「終夜……ごめんな」
「どうして焔が謝るんだよ。身の丈に合わないことをした俺が悪いんだよ。あはは」
口では笑っていても、その目には深い悲しみが映っていた。
「……気になることが、1つある」
赤城が、話をそらすかのように切り出す。
「終夜のデバイス、見せてくれないか?」
「ああ……っと、多分テーブルの上とかに」
黒神の携帯電話の形をしたデバイスは、ケーキの箱の置いてあるテーブルの上にあった。
「見るぞ」
「おう」
赤城はデバイスを操作し、能力の情報が載っている画面を出す。だが、そこには『不適合』としか表示されていない。
「やっぱり……」
「どうしたんだ?」
「おかしいんだよ、この表示」
赤城はデバイスの画面を黒神に見せる。
「だって、俺はデバイス無しで能力が発現したんだから、そう表示されててもおかしくないんじゃないか?」
「いや、おかしいんだよ。だって、デバイスは遺伝子に潜在する能力を発現させるためのもの。平たく言えば、デバイスは持ち主の遺伝子とリンクしてるんだ」
「まあ、確かに。それがどうしたんだよ」
「だとしたら、お前の能力が発現したことをデバイスが感知しなければおかしいんだ。そう、つまり、お前のデバイスには『適合者』と表示されてなければならないんだ」
そもそも、デバイスは能力を発現させるための補助的な存在だ。つまり、デバイスが能力を発現させるのではない。
そう、とどのつまり能力発現の仕組みは、エデンの住人たちと朝影たちのような人間とで違いなどないのだ。その過程で補助を受けたかどうか。
と、いうことは。
デバイスは黒神の能力を感知出来なければならないはずだ。その発現を目的とした装置なのだから。
「それなのに、『不適合』ってのはおかしい」
赤城は改めて告げる。
「つーことは……?」
「終夜が手に入れたっていう能力は、何かがおかしいってことだ。例えば――お前の遺伝子に潜在する能力じゃない、とか」
だとしたら、この能力が発現した意味とはなんなのだろうか。普通の能力でない以上、そこには何か理由があるはずだ。
「そうだな。朝影ちゃんとの戦いで発現したのなら、そこに意味があるんじゃないか?」
失ったはずの力が、両手にこもる。心なしか、体が熱くなっている。
「誰かを助けるために与えられた力。そう考えるのも、アリなんじゃないのか?」
赤城は黒神の目をしっかりと見つめて、真剣な表情で言う。
「たとえ、そういう意味じゃなかったとしても。意味なんか無かったとしても。お前には彼女を助けられる力がある」
「…………」
「諦めるか? そう、確かに警察に任せたほうがいいさ。なんなら俺が戦ってもいい。俺も、能力者の中では強いほうだからな」
でも、と赤城は言葉を区切る。
「朝影ちゃんは、お前を待ってるんじゃないのか?」
朝影は、黒神のことを希望だと言った。神原を倒す希望だと。
もちろんそれは妄言かもしれない。だが、それでも、彼女は信じてくれた。黒神のことを信じてくれた。協力してくれ、と言った。
そんな朝影のために、もう一度立ち上がるのは間違っているだろうか?
ヒーローになりたいからではない。エデンを守りたいからではない。
たった1人の少女を助けるために、その拳を握ることは間違っているだろうか?
「終夜、今度は1人じゃない。俺もそこに踏み込んでやる」
赤城も、黒神と共に戦う決意をした。彼の言葉には、このような意味が込められている。
――だから、お前も立ち上がれ。




