第三章 最後ニ笑ウノハ誰ダ(8)
『形態変化』とは、自分の体の一部分を別の物体に変える能力である。右手をハンマーに変えたり、左足をナイフに変えたり、どんな物体にでも変化させられる。ただし、変えられるのは一部分のみ。右手を変えていれば、左足を変えることは出来ない。
それが、成宮の能力だ。
拳を出せば鋼の手で受け止められ、炎で遠距離から攻撃すれば巨大な盾で防がれる。攻撃の際は刀やハンマーとなって襲い掛かる。
「くそっ……!」
「おい赤城ぃ、どーにかなんねーのか」
「こっちの台詞だ! あんたの方がリーダーのこと分かってるんだろ!?」
北条も応戦してくれているが、あまり意味を成していない。短剣を投げても防がれるだけだ。
「……ボロボロだなー全く。おい清二、まだ続けるか?」
「それは、私が言う台詞だろう」
その時、荒い息を吐く北条に守られるようにして後ろに隠れている氷川は、ようやく事態を飲み込んだ。
成宮が敵だということを信じきれていなかった。しかし、目の前の光景はなんだ。『黒』のメンバーである北条とリーダーの闇野が戦っているのは分かる。だが、赤城が戦い、しかも一方的に傷つけられているのは何故だ。
彼女にとって、赤城焔は命の恩人。そして、今では大事な人となっている。
そんな人間を、自分が所属する組織のリーダーが傷つけている。
小さく、綺麗な手を握り締める。体が震え、視界がぼやける。
ずっと探し続けていた親友が敵として現れ、今は自分を守りながら戦っている。そして何より、敵のリーダーと自分のパートナーが共闘している。
自分は何を信じればいい。
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。だが、その答えを彼女は知っていた。目を閉じ、心を落ち着かせる。
震えが止まり、目を開くと視界が鮮明になっていた。眼前の親友の肩を掴み、後ろに下がらせる。
「あ、葵?」
「大丈夫ですよ、重。もう、決めましたから」
赤城と闇野が再び成宮に突進するが、ハチマキをなびかせた男は2人を軽々と吹き飛ばしてしまう。
だから、氷川は壁に叩きつけられて呻いている赤城に向かって叫んだ。
「焔さん、そこを動かないでください!!」
彼女の声に振り向いた成宮は彼女の両手が自分に向いていることを確認すると、顔を引きつらせた。
「『酸素増減』!」
成宮の周辺の酸素濃度を低く。それだけで、彼は戦闘不能になる。
――はずだった。
跪くはずの成宮は悠々と立っている。
「……え?」
その鼻。
彼の鼻が、鉄板のようなものに変わっていた。口を閉じている所を見ると、今彼は呼吸をしてないというのが分かる。つまり、『酸素増減』の影響を受けていない。
そして、成宮は氷川に向かって駆け出す。
その途中で、赤城が横からタックルを仕掛けた。成宮は赤城ごと床に倒れ、滑る勢いのまま中央のデスクに頭をぶつけた。
「……ぶはっ! 氷川君、君は本当に危険だ」
彼の鼻は元に戻っていた。赤城が来たことで、ここが『酸素増減』の範囲から外れていると確信したのだろう。馬乗りになって拳を振り下ろそうとする赤城の腹部に刃物となった右手を突き刺した。
「が、ああぁぁぁぁぁ……」
右手が抜かれ、床に転がった赤城の腹部から決して少なくはない量の血が噴き出す。
「これで1人脱落か。まあ、下にいた駒よりは持ちこたえた方だ」
「ち、く、しょう……!!」
「焔さん!!」
赤城は天を仰ぎ、額からべったりとした汗を大量に流しながら精一杯呼吸をする。だが最早、それ以上のことは出来なかろう。
「だから言っただろう、私には勝てないと」
「そーか。だが、俺様がいることを忘れちゃいねーか?」
「ボロボロの男が何を言う。さっさと能力を使わないからこんなことになるんだ」
「……まー、そーだな」
闇野は、少しだけ悔しそうな表情をした。だが、それ以上に氷川の顔が歪んでいる。
床で悶え苦しんでいる赤城を見て、彼女の心臓の鼓動が早くなった。
また、赤城を助けられないのか。パートナーとして、二度も。
「……嫌です、そんなの。私は、もうあんな思いをしたくない!!」
両手を構えるが、能力を発動することが出来ない。
何故なら、赤城が成宮の足下にいるからだ。少しでも範囲の指定を間違えれば、自分の手で赤城を殺してしまうことになる。
どうすればいい、と迷っていると。
「さて、もう終わりにしようか。君たちは戦死したことにしておくよ。他の駒はまだ使えそうだからな」
成宮がこちらに突進してくる。薄ら笑いを浮かべ、その手を刀に変えて。
「葵!!」
北条が氷川を後ろに下がらせようとするが、そこには壁があった。つまり、更に北条にも危険が及ぶことになったという点で、状況は更に悪化した。
「ちっ……重、横に転がれ!!」
闇野が叫ぶが、もう遅い。
恐怖で、2人とも体が動かない。闇野も、行動がワンテンポ遅れてしまった。
そして、その刀が氷川の眼前に迫る。
次の瞬間、パァンッ!! という乾いた音が響き渡った。
「え……」
強く瞑っていた目を開けると、刀が眼前で止まり、成宮の体が震えていた。刀となった方の肩には向こう側が見えるほど綺麗な穴が空き、そこから大量の血が。
成宮は思わず肩を押さえ、その場に跪いた。その隙に、北条が氷川を引っ張って成宮から離れる。移動の際、氷川が見たのは仰向けに倒れたまま、血に塗れた手で銃を握っている赤城の姿であった。




