第二章 絶望の急襲(9)
大男の拳が朝影の顔面に直撃する直前、大男の頬を一筋の白い光線がかすめていった。
「――ッ!?」
これまで余裕を崩さなかった大男の表情が、明らかに焦りに変わる。
大男はバッ! と光線が来たほうを振り返る。そこには、右拳を振り回したであろう格好で膝立ちをしている黒神がいた。
朝影が、『氷槍』を殴って飛ばしたように。
黒神も、『氣』を飛ばしたのだろう。
「テメェ、まァだやられ足りねェみてェだなァ!!」
大男の言葉には怒りがこもっていた。
(『氣』の放出!? でも、どうやって……まだそこまで特訓してなかったのに!)
黒神がとった行動はシンプルだった。右手に『氣』を集中させて、光線のように発射されるイメージをした。そうして、『氣』が一筋の光線となり、大男の頬をかすめたのだ。
本当は大男の後頭部を狙っていたのだが、反動が強く、狙いが外れてしまった。彼が拳を振り回した後のような格好をしているのはその反動のせいである。
(能力を使うのに大切なのは、イメージ。集中することで何かを操る能力ならなおさら……やっぱり、彼の能力は――)
大男は怒りから、既に駆け出していた。今度こそ、黒神の息の根を止めるために。
「黒神! もう一度、もう一度!! それが隊長に勝つ希望!!」
希望。
一度は完全に失われたそれが、再び姿を現した。
朝影は夢中で叫んでいた。そして、その声は黒神に届く。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
黒神は迫ってくる大男にもう一度右手を向ける。間に合うかどうかギリギリではあるが、『氣』の放出を試みる。
(正直、さっきのはマグレだ……でも、ここで諦めるわけにはいかない。朝影が希望だと言ってくれた。なら、俺はそれに応えるだけだ!!)
「小僧ォッ!!」
僅かに、黒神が勝った。
彼の右手から『氣』が放たれる。やはり反動が来るが、今度は2人の距離が近いため、それほどの誤差は無い。つまり、光線は大男の顔面に直撃する。
――はずだった。
間違いない。彼は、黒神終夜は大男に勝った。朝影も、それを確信した。
だが。
それなのに。
「無駄だ小僧ォ!!」
光線は大男の顔に当たる直前で掻き消されてしまったのだ。そして、大男の左の拳が黒神の顔面を抉る。
メキィッ! と骨が折れるような音が響き、黒神の体は2メートルほど吹き飛ばされ、広場にあったベンチに激突して止まった。
(そんな! さっきは当たったのに、どうして!? 隊長の能力は一体なんなの!?)
朝影は、大男の能力を知らなかった。『楽園解放』として戦っていたときは、大男と同じ地で戦うことが無かったからだ。
ベンチに寄りかかるようにして倒れている黒神は、微かに意識があるようで、目を僅かに動かしている。
「トドメ、といきてェところだが……流石に無理か。おい小僧ォ、覚えておけ。テメェじゃ俺には勝てねェ。二度と戦いをふッかけてくるんじゃねェぞ。エデンが破壊されるのを、指咥えて見てな」
大男はそう言い捨てると、朝影の元へと近づき、
「ふんッ!」
呆然としている朝影の腹部に拳を突き刺した。それだけで彼女の意識は奪われ、倒れこむ朝影を大男は軽々と抱え上げる。
「ああそォだ。せめて名前くらい名乗ッとこォか。がんばッたで賞ッてとこだな」
大男は振り返らない。
「俺は神原嵐。『楽園解放』の隊長、だ」
警察(もちろん能力者の集団)が到着したとき、そこにはまるでボロ雑巾のようになっている1人の少年しかいなかった。




