第二章 絶望の急襲(8)
大男はゆっくりと朝影に近づいていく。
「さて、光。テメェには聞きたいことが山ほどあるんだよなァ……まァ、作戦の変更も伝えなきゃいけねェし、戻るぞ」
恐らく、この男は朝影の心の変化を既に察しているのだろう。
大男の言葉には明確な怒りがこもっている。
「…………」
「まさか、拒否なんかしねェよなァ?」
出来るはずがない。もし朝影が拒否をしたとしても、強引に連れて行かれるだろう。もしくは、今も呻き続けている黒神を殺すとでも脅してくるか。
「ッたく、さすがに警察が来たか」
遠くから聞きなれたサイレンの音が聞こえる。
気づけば、彼らの周りには人がいなくなっていた。確か、黒神たちが来たときは広場でいちゃつくカップルや、遊具で遊ぶ子どもたちがいたはずだ。
いつの間にか避難していたらしい。
「さ、行くぞ」
「……はい」
朝影には従う以外に選択肢は無い。
だが、『彼』は違う。
「待……て!」
「おいおい。未だに呻いてるやつが何言ッてんだァ? 苦しさから頭がブットんじまッたかァ?」
大男は右手をピストルの形にして、自分の頭につきたてて嘲笑する。
「助けるって、決め……たんだ……!!」
「はははははッ!! 見ず知らずの女をかァ!? テメェらが会ッたのって、早くても昨日だろ。明らかに他人じゃねェか。なのに助けるだァ? 本当に頭がおかしくなッてるみてェだなァ!!」
今度こそ、大男は大声で笑った。
「それでも、俺は――!!」
「じゃあ死ねよ、もォ。面倒くせェな」
大男は再び黒神のもとへ近づく。黒神は何とか膝立ちの状態になっていた。それでも、彼は言葉を継ぐので精一杯らしい。
(ダメ……このままじゃ彼が殺される! 私が、止めないと……私が!!)
朝影は心の中の恐怖心を抑え込む。
昨日、黒神は道端で倒れていた見ず知らずの自分を助けてくれた。そして、今も自分を助けてくれようとしている。
なのに、このままでいいのか。黒神が、恩人が殺されるのを黙って見てるだけでいいのか。
エデンだとか外界だとか、破壊論だとかは関係ない。朝影が、彼女自身が、黒神を助けたいのかどうか。それが重要なのだ。
「『冷却』(フリーズ)」
朝影の周りの大気が凍り始める。
「……本当に面倒くせェなテメェら」
大男は億劫そうに呟く。そして、どちらを優先すべきかを決めた。
「光ィ、テメェの能力で俺を倒せるとでも?」
「分かってる。でも、それでも、私は彼を助ける!!」
勝てない。そんなこと分かっている。分かった上で彼女は能力を発動したのだ。
「『氷槍』!」
朝影の前に、巨大な氷柱が現れる。
「見飽きたぞそれ。ッたく……やッぱ殺してでも連れて行くか」
大男は後頭部を掻き毟りながら言う。そして、朝影のもとへと突進した。
(――来た!)
大男の行動とほぼ同時に、朝影は氷柱を思いっきり殴った。そう、氷柱を発射したのである。
だが。
「だからァ、見飽きたッつッてんだろォが!!」
拳一振り。何の能力も使わない状態で、大男は、その拳だけで氷柱を粉砕した。
(分かってた……でもこれで、時間稼ぎにはなったわね。警察が来る前に逃げたいはずだから、もう黒神には手を出さないはず)
そして、大男の拳が朝影の眼前に迫る――




