第二章 大事な話
デパートを出た2人はホープへと戻ってきた。あれ以上買うものもなく、朝影も特に行きたい所はなかったため、黒神がホープに戻ることを提案したのだ。
そして、彼は自宅の近くの公園に朝影を連れて行った。時刻は16:54。日も暮れ始め、地平線がオレンジ色に染まっている。公園の入り口に立つ2人の影も長くなっていた。
「どうしてここに? ここだったら、特訓の時にいつも来てるじゃない」
そう、2人の特訓場所はここである。この公園は広く、マンションが1つ建ってもおかしくはないほどだ。また、この広い土地は2面に分かれており、片方が遊具で遊ぶ場所でもう片方が学校のグラウンドのように、サッカーや野球が出来るようになっている。特訓で使っているのは後者だ。
「いつもはあんまり考えなかったけどさ、ここって結構思い出深い場所なんだよな」
「……貴方にとっては、苦い思い出でしかないわね」
朝影は上目遣いで隣の黒神の顔を覗く。だが、彼は凛とした表情のままグラウンドの方へ歩き始めた。
「確かにな。神原に襲われて、1歩間違えば死ぬところだった。でも……そのおかげで今があるんだ」
もちろん、それは結果論でしかない。
もし黒神があの後朝影を救出することを諦めていれば。もし朝影を救出することに失敗していたら。いや、そもそも黒神が死んでいたら。
いずれにせよ、この場所がいい思い出だと語ることは無かっただろう(最後に関しては物理的に)。
だが、それでいい。今の黒神にとってこの公園は思い出深い場所。結果論だろうがなんだろうが、それで十分なのだ。
「クリスマスイヴにお前と出会って、今日まであっという間だったよ。たった2ヶ月くらいの中で、3回も大きな事件に遭遇した。まあ……『偶然じゃなかった』部分もあるっぽいけどな」
グラウンドに設置してある複数のベンチには誰も座っていない。今、この公園には黒神と朝影の2人きりだ。
黒神はグラウンドの真ん中まで歩き、そこで立ち止まった。
「俺さ、こんな生活が訪れるなんて思ってなかった。無能力者のまま大人になって、就職して、そして誰かと結婚するんだろうなとしか思ってなかった」
語る少年の背中が朝影の青い瞳には少しだけ大きく映った。
冷たい風が吹き、黒神のネルシャツと朝影の髪が靡く。
「正直、まだよく分からないんだ。エデンのことも、『楽園解放』のことも。そして、『第四次世界大戦』のことも。そりゃそうだよな。自分の能力のことすら分かってねぇんだから」
朝影は腹部の前で両手を交差させたまま、黙って彼の話を聞いている。その表情には、僅かに曇りがあるように思える。
「でも、1つだけ分かったことがある」
そう言って、黒神は朝影の方を振り返った。鋭い目がどこか悲しそうだ。彼は朝影の目をしっかりと見つめながら、
「朝影――お前は、嘘を吐いている」
搾り出したような声に、朝影の心臓が跳ね上がった。彼女の額に、嫌な汗が噴出す。
「……い、一体何を言ってるの? 私が、貴方に嘘を……?」
朝影という一点をはっきりと見ている黒神と違い、彼女の瞳は安定しない。
「学校が襲撃された日、俺は『管理人』と会ってきた」
「なっ……『管理人』!? いつの間に……」
「もちろん、『管理人』から聞いた話をそう簡単に信じることは出来ない。これまで、奴らこそが敵だと思ってたんだからな」
だからこそ、と黒神は言葉を継ぐ。
「俺は真実を知りたい。朝影、お前が一体何者なのか……いや、もっと簡単に言うと、お前が『敵』なのか『味方』なのかだ」
思えば、黒神が今までエデンが敵だと思っていたのは朝影からそう伝えられていたからだ。もし彼女が真実を伝えていなかったとしたら? そうなれば、『管理人』の話の見方が変わってくる。
「朝影、俺はお前を信じたい。だから、本当のことを教えてくれ!」
朝影は持っていたぬいぐるみの入っている袋を地面に置き、胸に手を当てて、深呼吸をした。そして、今度はしっかりと黒神を見つめながら、
「それが、貴方が言ってた大事な話……?」
「ああ」
「じゃあ、それに答える意味でも私からも話をしないといけないわね」
彼女は自分も大事な話があると言っていた。黒神は質問への答えを急かさない。
朝影は黒神の態度に感謝をしながら、胸に当てていた手を洋服ごと強く握り締め、潤んだ瞳で彼にこう告げた。
「お願い――私を選んで」