第一章 甘い時間(11)
昼食の時間帯も終わり、デパートの中を歩き始める人が増えてきた。特に、食品売り場はセールが始まったのか、主婦たちが押し寄せていっている。
「貴方は行かないの?」
「まだ食べるものは残ってるからな。セールだからって無闇に買うのも良くない」
「それ、あの人たちにも言ってみたら?」
「怒られるから嫌だ」
隣同士で歩く2人はそんな会話をしながら、エスカレーターで1階まで下りてきた。後ろにいた40代くらいの女性たちは2人を微笑ましそうに見ていた。それが少しくすぐったくて、2人は足早にエスカレーターを離れる。
「朝影、他に行きたい所はあるか?」
「そうね……あっ、あの店に行きたいわ」
彼女が指差したのは、デパートの角にひっそりと構えてあるアクセサリー店だ。入ってみると、店内は薄暗く、ネックレスから指輪や足輪まで様々なものが売ってあった。
レジに立っているのは魔女のような帽子を被った、紫色のコートの女性。彼女は辺りを見渡している黒神たちに近づき、
「その辺りに飾ってあるのは一点もの……お2人にはこちらの方がいいですよ……」
怪しげな話し方の女性に戸惑いながらも、2人は女性に誘導されてレジの近くまで来た。レジの下にあるガラスのショーケースの中にはそれぞれペアになったアクセサリーがいくつか置いてある。
「カップルさんには……ペアの方がいいでしょう……エンゲージリングもありますよ……」
エンゲージリング。所謂結婚指輪のことだ。きょとんとする黒神に対して、朝影は顔を真っ赤に染めていた。小刻みに震えながら俯いている朝影の代わりに、黒神が女性に間違いを指摘する。
「いや、俺たちはその、カップルでは……」
「それ以上は言わなくて結構です……カップル以上の関係と見えますので……」
黒神と朝影の関係を客観的に見ればそうなるだろう(特に、同棲という所を見れば)。だが、それに気づいたということはこの女性は――
「まさか、能力者なんですか?」
「ええ……同世代からは珍しいと言われますがね……とにかく……どちらをお買い求めになりますか……? 学生さんのようですので……お安くしておきますよ……」
女性は恐らく40代後半ほどだろう。いくら能力開発が進歩しているエデンとはいえ、本格的に住人に能力を発言させられるようになったのはここ数年の話だ。彼女のような年齢層ならば、寧ろ無能力者であるのが普通である。
結局の所誤解は解けていないようだが、黒神はそれ以上突っ込まないことにした。
「朝影、これくらいなら買っても……」
「…………」
朝影は未だに俯いている。だが、その目はショーケースの中に向けられていた。彼女は黒神のネルシャツの袖を掴みながら、
「じゃあ、これがいい……」
朝影が反対の手で指差したのは、片方に太陽、もう片方に月がぶら下がっている1組のネックレスだった。値段はそれぞれ2000円である。
「太陽と月……カップルさんがこれを選ぶのは珍しいですね……何せ……太陽と月は朝と夜の象徴……互いに交じり合わぬもの……彼女さん……何か抱えてますね……」
訝しげに呟く女性の言葉に、朝影の眉がピクリと動いた。だが、それに黒神は気付いていない。
「まあ……余計な詮索は止めておきましょう……それじゃあ……それぞれ500円引きでどうです……?」
「そんなに安くなるんですか!? なら、それでお願いします」
黒神は女性に3000円を払い、ネックレスを購入した。そして、女性に勧めれた2人はその場でネックレスを付けることになった。
恥ずかしそうにする朝影を見て、黒神もなんだか照れくさそうにする。2人ともネックレスを服の中に納め、店を出た。その後、近くのベンチに座り30分ほど休憩してから2人はデパートを後にする。