第一章 甘い時間(10)
主婦たちが集まるデパート。そこにはもちろんゲームセンターがある。本来の目的は主婦たちが子どもたちをその場所に釘付けにしておいて、その間に買い物をするというものだ。だが、平日は子供連れの主婦が少ないので、ゲームセンターはあまり賑わっていない。
「家の近くの大通りにあるゲームセンターよりは小さいものの、色んなゲームがあるよな」
黒神と朝影はゲームセンターの中に入り、UFOキャッチャーが設置してある場所をぐるぐると回っていた。
「こういうのって、確実に子ども向けじゃないわよね……」
朝影が指差したのは、美少女フィギュアのUFOキャッチャーである。どうやら、魔法少女系のアニメのキャラクターのようだ。
「貴方の部屋って、こういうフィギュアの類が全く無いけど……興味無いの?」
「いや、俺だって人並みの興味はあるけど、フィギュアは高いからな。そこまでして欲しいわけでもないし……」
それから何台か見て回っていると、朝影が突然1つの台に興味を示した。彼女は台の中に入ってる猫のぬいぐるみを眺めながら、チラリと黒神の方を見た。
「それ、欲しいのか?」
「…………うん」
朝影は子犬のような目で黒神を見ながら頷いた。いつもの朝影からは考えられないような態度に、黒神は少したじろぐ。
いくら戦いの中に身を置いているとはいえ、朝影だって元来はいたって普通の女子高生であるはずだ。寧ろ、今までの態度の方がおかしかったのかもしれない。
「まあいいけどさ。使えても1000円までだからな」
「あ、ありがとう」
黒神は自分の財布の中から100円玉を3枚朝影に手渡す。彼女は嬉しそうにそれを受け取り、早速UFOキャッチャーをプレイし始めた。
その間に、黒神は1000円を両替するために両替機を探し始めた。すると、少し歩いた場所に目的の物が見つかった。彼はそれに近づき、1000円札を入れる。
「300円で取れていればいいんだけどなぁ」
そうすれば、700円が浮く。しかし、彼の願いは届かなかった。
朝影の所に戻ると、彼女は台のガラスに両手を当てて項垂れていた。
「おい、朝影……?」
「これ、アーム弱すぎよ……そもそもぬいぐるみが持ち上がらないってどういうこと!?」
文句を言いながら、朝影は黒神に追加の100円玉を要求する。彼が両替してきたものを渡すと、朝影はリベンジと言わんばかりにUFOキャッチャーのボタンを押し始めた。
だが。
「だぁぁぁぁあああああああああっ!! ど、どうして……どうして持ち上げてくれないのよ!?」
ぬいぐるみ自体は朝影のプレイの影響か、商品の出口の近くまで来ている。だが、そこから持ち上げていこうとしてもアームが弱すぎて上げている途中で落ちてしまうようだ。
「なあ朝影、一応さっきので1000円なんだけど……」
「え。そ、そうなの……なら仕方無いわね」
台から離れる朝影は残念そうな顔をしていた。心なしか、青い目が少し暗くなっている。
「…………」
それを見た黒神は手元にある300円を確認し、さっきの台に向かった。
「ちょ、黒神!?」
「まあ、少しくらいならオーバーしても大丈夫さ」
「少しどころか、その難しさだとかなりオーバーすると思うんだけど……」
朝影が心配そうに黒神の横に立つと、彼女は思わず目を見開いた。なんと、手元の300円だけで黒神はぬいぐるみを取ってしまったのだ。
彼はアームでぬいぐるみを持ち上げることを端から諦め、アームの開閉を利用してぬいぐるみを出口の穴に押していった。その結果、見事3回でぬいぐるみは穴に突き落とされたのである。
「す、凄い……貴方天才なの?」
「いや、前に焔と来た時にあいつがこういう方法で取ってたのを思い出してな。まあ、取れてよかったよ。ほれ」
黒神は猫のぬいぐるみを朝影に渡した。大きさとしては、彼女の両手くらい。渡されたぬいぐるみと黒神を交互に見比べながら、朝影は嬉しそうに微笑んで見せた。
(……これなら、1300円なんて安いもんか)
彼女の笑顔を見ながら、黒神は財布をポケットにしまった。そして、2人は次の目的地に向かう。腕時計は13:23を示している。
刻々と、その時が近づいてきている。