第一章 甘い時間(8)
本を3冊入った袋を持って、満足そうな表情を見せている朝影が黒神の所に戻って来た。そのまま2人はフードコートに移動し、真ん中の方にあった2人用の席に座る。
「それ、全部推理小説なのか?」
袋の口から買った本を覗いている朝影に、黒神は頬杖をつきながら尋ねる。すると、彼女は袋の中を覗いたまま答える。
「ええ……読むのが楽しみだわ。最後まで読み終わった時の、あの高揚感が癖になるのよね」
拳を握り締め、青い瞳を輝かせている朝影に、黒神は適当に相槌を打った。その後も彼女は1冊読もうか悩んだり、結局誘惑に勝てずに1冊読み始めたりと、自分の世界に没頭しているようだった。
黒神は自分のデバイスを取り出し、メールなどを確認した。
すると、1通のメールが届いていることに気付いた。差出人は、藤原創である。
(部長……?)
メールを開くと、そこにはこう書いてあった。
『やあ終ちゃん。突然で悪いね。今どこにいるんだい?』
メールは1時間ほど前に届いたものだ。黒神はシルクにいるという趣旨の文章を書き、藤原に返信した。それから数分後、彼からの返信が届く。
『もしかして、朝影さんと一緒なのかな?』
「ぶっ!? な、何で分かるんだよ!!」
「どうかしたの?」
既に本を3分の1ほど読み終わってしまった朝影が迷惑そうな顔で黒神の方を見ている。
「いや、ちょっと俺のプライベートが侵害されすぎててな」
「……貴方も大変なのね」
哀れみの顔を浮かべた朝影はすぐに読書に戻ってしまった。
黒神は額の汗を拭いながら、さらに藤原に返信をする。
『いますよ。というか、俺のプライベートはどうなってるんですか』
『そうかい、なら伝えておくべきことがある。少し時間をとれないかい?』
恐らく、藤原は電話で話したいと考えているのだろう。
(そんなに重要なことなのか……?)
黒神は朝影にトイレに行くと伝え、席を離れた。彼女の方は本に集中していて、適当な返事しか返ってこなかった。
トイレに入ると、黒神はデバイスを操作し、藤原に電話をかけた。
彼はワンコールで電話に出た。
「部長、どうしたんですか急に」
『いやぁ、デートの邪魔してごめんね』
「むぐっ……!」
『その反応、強ち間違いじゃなかったか』
電話の向こうで藤原が爆笑しているのが分かる。黒神は憎らしく思いながらも話を続ける。
「それで、何なんですか」
『ああ……朝影光。彼女について伝えるべき情報があってね』
彼は学校を襲撃してきた『楽園解放』のメンバーである新庄と2日前に会ってきたと言った。そして、彼女から聞いた情報を黒神に伝える。
『君にとっては辛い情報かもしれないけど……朝影光は――』
「部長」
『……どうしたんだい』
「俺は、それを判断するために彼女と出かけたんですよ」
『ふふ、お節介だったみたいだね』
黒神は続けて、『管理人』に会ったことを伝えた。それを聞いた藤原は驚きつつも、黒神がどこまで知っているのかに気付いたらしく、それ以上は追及してこなかった。そして、頑張れとだけ言って藤原は電話を切った。
黒神は1度深呼吸をして、フードコートに向かう。
(そう、これはただのデートじゃない。でも、だからこそ今は楽しみたいんだよ……)