第一章 甘い時間(7)
結局、洋服は何も買わずに終わった。朝影は女性服のエリアを一通り見終わると、欲しいものが無いと言ってそのまま店を出たのだ。
ちなみに、黒神は朝影に着いていくわけにはいかず、男性服のエリアをウロウロしていた。
「次はどこに行きたいんだ?」
「そういうのって、普通貴方が計画を立てるんじゃないの……?」
デパートの中を歩きながら、朝影は隣を歩く黒神の顔をジッと見つめる。彼女のジト目に気付いた黒神は慌てて、
「いや、その……あるにはあるんだが、お前が行きたい所と違ったらアレかなと思って」
「案外考えてくれてたのね」
「案外は余計だ」
その後、朝影の要望で本屋に寄ることになった。どうやら、家にいるときは本当に暇らしい。今黒神が持っている本は全て読破してしまったため、新しい本を買いたいようだ。
本屋に行くには2階に上がらねばならず、2人はエスカレーターに乗った。前後には主婦らしき女性たちが乗っている。
「朝影って、どんな本が好きなんだ?」
「私は大体どんなジャンルでも読むけど……一番は推理ものかしら。1人の何でも相談所をやってる人が、ひょんなことから事件に巻き込まれて、その容疑者となってしまった助手を助けるために奮闘するやつとか面白かったわよ」
「何だそれ……」
エスカレーターを上りきると、すぐ右手に本屋が見えた。このデパートの本屋はかなり大きく、小説から漫画、雑誌など殆どの本が揃っている。
朝影は本屋に入ると、小説が並んでいる場所に進んでいった。嬉しそうな表情で並んでいる小説を手にとって眺める朝影の隣で、黒神も本を手にとってみた。
「漫画だと、超能力バトルものよりも日常のふわふわしたやつの方が笑えるんだよなぁ。あとは格闘ものとかも」
今の時代、超能力バトルものよりも格闘技ものやゆるふわ日常ものの方が人気となる傾向がある。超能力が日常になってしまったことの反動だろう。
「そう言えば、俺の部屋にあった本って確か……まぁ、見られて困るもんじゃないけど」
黒神の部屋のベッドの下には何も置いていない。彼はそういう本は読まない人なのだ。
そうじゃなくとも、今は電子書籍で買うのが主流だ。特にそういう本は電子書籍で買うと、自分のデバイスを奪われない限りは他人にバレない。
一時期は、デバイスの発展は紙媒体の終焉に繋がると言われたが、実際はそこまで紙媒体が廃れることは無かった。
「確かにデバイスで読むと便利だけど、デバイスの要領にも限界があるからな。紙媒体なら家がいっぱいにならない限りは何冊でも買える。まあ、他にも理由はあるんだろうけど」
ふと腕時計を見ると、針は10時54分を示していた。
「……少し、お腹が空いてきたな。これの後は早めの昼飯にするか」
デパートにはフードコートが存在する。早めに席を取っておいた方が、楽であろう。
一冊一冊、あらすじを読み込んでいる朝影を横目に、黒神は楽しそうに微笑んでいた。鋭い目も、今は怖さを失っている。