第一章 甘い時間(4)
黒神と朝影が最初に向かったのは、ホープの隣町シルクである。
シルクは小さな町だがその大部分を複数のデパートが占めている。故に、買い物に訪れる人間が多いのだ。実際、今日も平日だと言うのに買い物客が多い。
「ここは、あまり住んでる人がいないから、大半が別の町から来てるんだ」
黒神は朝影の隣を歩きながらシルクの情報を伝える。さすがに朝影も引っ付いて歩くのは恥ずかしかったのか、少し距離をとって極力黒神の顔を見ないようにして歩いている。
(……だったら最初からやるなよな)
隣を歩く少女の青い髪は風にゆらゆらと揺れ、黒神は慌てて髪を押さえる彼女の姿に見とれてしまう。
思えば、こうやって朝影と一緒に町を歩くことは想像していなかった。
道路に倒れていた彼女を助けてから、これまで一緒に住んでいながら、何故こういう考えが浮かばなかったのか黒神自身も不思議に思う。
「そういえば、朝影はなんであんな場所に倒れてたんだ?」
「あんな場所……?」
黒神の何気ない質問に、朝影は怪訝な顔をしながら横目で彼の方を見る。
「クリスマスイヴの夕方だよ。道路の真ん中で女の子が倒れているなんてメルヘンな状況が本当にあるなんて、これっぽちも思ってなかったぞ」
横断歩道の信号が赤だったため、2人は信号待ちの列の近くで立ち止まった。周りは主婦ばかりだ。
「あの時のことはよく思い出せないの。多分、『瞬間移動』の反動だと思うんだけど……」
「轟王牙か。あいつとは、また戦うことになる気がするんだ」
1月26日の襲撃では、黒神は轟に勝つことが出来なかった。現状、彼との能力の相性は最悪である。
「貴方の能力が私の知っている通りなら、次は勝てるわよ。だってその能力は、幻の能力なんだから」
「幻、ねぇ。確かに、まだ分からないことあるもんな。今も俺のデバイス上じゃ無能力者だし……」
藤原は黒神の能力について、遺伝子に内在していない能力だという仮説を立てた。だが、それでは白いオーラの説明が付かず、結局彼は何者かが黒神の遺伝子を書き換えたという暴論しか考えられないと言った。
書き換えられたとするならば、いつどこで? 考えれば、黒神の能力の謎は深まるばかりである。
「まあ、今はそんなこと考えなくてもいいか。お、ちょうど信号も青になったし」
信号が青になると、主婦の列は規則正しく歩き始めた。その列に続いて2人も横断歩道を渡る。彼らの視線の先にある大きな建物が、目標のデパートだ。
「ちなみに、何を買いたいんだ?」
「……洋服」
「うんうん。いいけどさ。お前が持ってる金もウチの生活費だってことを忘れるなよ?」
これまで制服ばかりで過ごしていた朝影が洋服を買いたがっていることに、黒神は安心感を覚えながらも、家計が苦しくなることに複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。