第一章 甘い時間(2)
柔らかくていい匂いを纏った朝影は黒神の所に来ると、呼吸を整えながら、
「ごめんなさい、待たせちゃったわね」
「いや、別にいいんだけどさ……女子は準備に時間かかるって聞くし」
何故だろうか。今まで一緒に住んでいた少女が急激に可愛く見える。
(け、化粧だけのせいじゃないよな……?)
高鳴る鼓動を抑えながら、黒神はベンチから立ち上がる。彼は今まで異性と(それも同い年の)デートなどしたことがない。故に、今彼は緊張で胸が張り裂けそうなのである。
「黒神? 顔が真っ赤だけど、もしかして風邪でもひいてるの?」
どうやら朝影は自分が黒神を待たせたせいで風邪をひいてしまったのではないかと考えているようだ。心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。
「ちょ、いやっ、違う! 大丈夫! 俺、元気!!」
そう言いながら黒神は腕を振り回して見せた。その様子がおかしかったのか、朝影は口元を押さえながらクスクスと笑っている。
「どうしてカタコトなのよ……ふふ、それにしても、一緒に住んでるのに意外と緊張するものね。貴方がデートだとか言い出したときは流石に焦ったわ」
「ああ……『楽園解放』の襲撃で、今後どうなるかますます分からなくなってきてな。今のうちに色々やっとかないとと思ってさ」
もしかしたら、これからエデンは戦火に巻き込まれていくかもしれない。そしてその中心に黒神がいると言う可能性は十分にある。だからこそ、やりたいことをやっておかなければならない。
(……我ながら、立派な理由を思いついたもんだよな)
「色々、ね」
だが、朝影はその理由に首を傾げた。そして、意地悪な表情をしながら黒神の顔を見つめながら、
「ということは、私の他にもデートの相手がいるとか?」
「ぶっ!? そそそ、そんなわけあるかっ!! だ、大体、俺がそんなプレイボーイなこと出来ると思ってるのか?」
「流石にそこまでは思ってないわ。でも……そう、私だけ……か」
朝影はふいに後ろを向き、数秒経ってから再び黒神の方を向きなおした。そして、いきなり黒神の腕を掴むと、
「じゃあ、とりあえず行きましょうか。私も行ってみたいところがいっぱいあるし」
「わ、ちょっと待て! いきまり腕を掴むな!!」
「む……じゃあ、これならどう?」
次の瞬間、黒神の腕に何か柔らかいものが押し付けられた。既に熟れたリンゴのように顔を真っ赤にしている少年は、押し付けられたものの正体に気付くと、冬だと言うのに額から大量の汗を流し始めた。
「ば、朝影! お、おまおまおまおまおまぁ!?」
「さ、行くわよ」
確信犯なのだろうか、朝影は黒神の顔を見て笑いながら彼を引っ張っていく。黒神は意味不明な言葉を叫び続けている。
彼は気付いていなかったようだが、朝影の顔も実は真っ赤である。押し付けた側としても、流石に恥ずかしいのだろう。
2人は大通りを抜けていく。甘い時間はまだ、始まったばかりだ。