第一章 甘い時間(1)
1月29日、金曜日。
ショートの黒髪で、相変わらず鋭い目つきの少年、黒神終夜は自宅からそう遠くはない大通りのベンチに1人、そわそわしながら座っていた。平日であるため、周りには殆ど人がいない。
下着の上に、髑髏マークの入った白いシャツを着てその上に黒いネルシャツを羽織り、下は黒いジーパンを履いている。彼なりに、おしゃれをしたつもりだ。
「……はあ」
黒神は今、かつてないほどに緊張している。何故なら、今日はとある少女とデートをすることになっているからだ。現在、その少女を待っているのである。
ふと正面に設置してある大きな時計を見ると、デジタル表示のプレートは午前9:23を示していた。
「つーか、同じ家に住んでるのに待ち合わせってのはどうなんだ?」
2日前、黒神は同居人である少女に対してデートを申し出た。彼女は最初、戸惑いこそしたものの、特に嫌がる様子もなく承諾した(不信感は若干あったようだが)。
ちなみに、それから今日までの2日間は家の中に気まずい雰囲気が流れていたらしい。
黒神はこれが初めてのデートとなる。相手の少女がどうかは知らないが、やはり最初は緊張するものなのだと彼は実感した。
「エデンに来て1ヶ月くらい経つとはいえ、あいつはまだこの辺のことをよく知らないからなぁ。必然的に俺がリードすることになるんだよな……」
相手の少女は元々外界の人間である。よって、デートコースなど考えるはずがない。それに、デートをリードするのは男の義務のような定義が世の中には蔓延している。
「言いだしっぺとはいえ、流石になぁ……」
実は、デートの目的は少女と恋愛関係になろうというものではない。それも緊張の理由の1つだ。
「きちんと、話をしなきゃいけない」
そう、黒神は少女のことをよく知らないのだ。知っていることは、『楽園解放』のメンバーであることと、外界の人間であること。そして、味方であること。
だが、それ以上のことは何も知らないし、加えて知っていることの中の1つが揺らぎ始めている。
だからこそ、話をしなければならないと彼は思ったのだ。
1月26日に起こった事件――マスコミは『学園襲撃事件』と読んでいるようだが、それがある種のきっかけと言えるはずだ。
外界にいた、分派の『楽園解放』による襲撃事件。黒神が通う学校を襲撃した6人のうち5人は逮捕されたが、1人は今も姿をくらませている。
そう、12月26日の事件から始まった一連の出来事は最早ただの戦いだけでは説明がつかない所まで来ているのだ。
黒神と『楽園解放』の問題ではない。エデンと外界の問題である。否、世界規模にまで発展しかけていると言っても過言ではない。
それを象徴するのが、『第四次世界大戦』という単語。『楽園解放』とエデン。両者に共通するものだ。
「明らかにしなきゃならない。あいつが、一体何者なのかを」
だから、彼はデートの理由を少女にこう告げている。
――大事な話がある
すると、少女も同じ言葉を返してきた。お互い話すべきことがあるようだ。
「……それはさておき、だ。あああああああ……デートなんて言わなきゃ良かったかな。上手くいくかな。一応あいつも女の子だし、幻滅されたらそれはそれで……」
今は、一連の問題よりもこちらの方が彼にとって重大な悩みなのである。言うなれば、男としての威厳をかけた大勝負。それがデートだ。
「つーか、流石に遅くないか? 俺が家を出たのが9時だから、20分以上経ってるぞ……」
そう呟きながらキョロキョロと辺りを見渡していると、自宅がある方角から1人の少女が小走りで近づいてくるのが見えた。
その姿を見て、黒神の心臓がバクンッ!! と跳ね上がった。
触ると柔らかそうな長い青髪を揺らしながら、白い息を少し荒く吐いて少女はこちらに向かってくる。
膝くらいまでの長さのチェック柄のスカートに、上はタートルネックの白い温かそうなシャツに黒いコートを羽織っている。
化粧をしているのか、ほんのり頬が赤く唇も瑞々しく感じる。綺麗な青い目はいつもより少し大きい。
一緒に過ごしていたから忘れてかけていたが、彼女――朝影光はかなりの美人だ。
黒神はそれを改めて実感させられた。
「ま、ま……マジかよ……!」
こうして、2人のデートは幕を開けた。