第四章 信じるべきもの、その代償(5)
黒神はあまりの衝撃に足が棒になったかの如く立ち尽くしていた。声を出せない彼の目をしっかりと見つめながら、白衣の『管理人』は言葉を継ぐ。
「驚くのも無理はありません。貴方はこれまで、私たちが戦争を起こす側だとして行動してきたはずですから。ですが、これが真実なのです」
黒神は搾り出すように声を出す。
「し、信じられると……思うのか……?」
「それは、貴方次第です。何を信じ、何を疑うのか」
「…………」
そういえば、『管理人』と会う前にあの老人がこう言っていた。
――どうか、彼女の話を信じてあげてください。たとえそれが、君のこれまでを否定されるものだったとしても
これが、彼の伝えたかったことなのだろうか。
(思えば、不思議な点が多い)
エデンが戦争を起こしたいのならば、現時点で行動を始めていてもおかしくはないはずだ。例えば、藤原創。あれほどの人材がいるのなら、もう既に大戦に突入していてもいいだろう。
外界でどこまで能力開発が進んでいるのかは分からないが、エデンが最も進んでいるのは確かだろう。
(そして……あの『セカイ』)
物事のきっかけしか作れず、その結末(例えば、関係者の生死)や当事者の思想までは操作できないとはいえ、エデンの住人を全員戦争に向かわせることは可能なはずだ。
何より、やはり外界の情報が全くと言っていいほど入ってこないことも引っかかる。
(戦争をしたいなら、俺たちに思想教育を施していてもいいはずじゃないか)
エデン以外の国は滅ぼさなければならない。
極端に言えば、そういう思想を教育によって植えつけていれば、戦争を起こすことなど容易いことだ。
「まさか、本当に……?」
「信じろ、とは言えません。なので、信じてください。貴方が全ての鍵を握っているのです」
「俺が?」
黒神は段々、普通に話せるようになってきた。拳を握ったり開いたりしながら、彼は呼吸を整える。
「確かに、『楽園解放』と最初に接触したのは俺だ。でも、それだけじゃ……」
「そこじゃありません」
『管理人』はサラサラの黒髪を揺らしながら、『セカイ』から離れて黒神の方に近づいてくる。
「『楽園解放』という大きなものではなく、もっと小さなもの。それと接触したのが貴方だから、鍵だと言っているのです」
「小さなもの……」
「『楽園解放』は、単に私たちのことを勘違いしていただけなのです。そして、私たちも最初は勘違いしていました。だから、彼らに対して刺客を送っていたのです。ですが、そもそも彼らと私たちの目的は同じだった。だからエデンの治安維持部隊として認めたのです」
近いうちに神原と話すつもりだと彼女は言った。そして、黒神の両肩に華奢な手を置きながら、
「私の名を聞けば、分かるはずです。何故貴方が鍵なのかということが」
『管理人』は鼻と鼻が触れそうな距離まで顔を寄せ、目を見開いて顔を真っ赤にしている黒神に対して告げる。
彼女の名は――
「朝影望。朝影光の……姉です」
その瞬間、黒神の中で何かが弾けた。