第四章 信じるべきもの、その代償(1)
『管理者』と名乗る老人に連れてこられたのは、ホープ内のとあるビルであった。学校から車で20分ほど。エデンの政府的存在である『管理者』のビルにしては、周りのビルとほぼ同じ大きさで、小さいのではないかと心配になるくらいだ。
リムジンから降り、黒神は老人の後に続いてビルの中に入った。
やはり、政府の建物としては地味な造りであろう。
入ってすぐの場所には受付のような場所があり、そこにはロボットが立っていた。真っ直ぐ進むと宴会場のような大部屋に繋がっているようだ。だが、老人は左の廊下に進んだ。細い廊下の先には、エレベーターが2つ設置してある。
「1階は表向きの場所なんですよ。ここからは、『管理者』のみが立ち入れる場所です」
柔和な声で言う老人に、黒神は自分が着ているスーツをべたべたと触りながら、
「いや、それはいいんですけどね。一応俺学生なんで、スーツってのは……」
轟との戦闘で負った怪我は藤原に治療してもらったが、制服はそうはいかない。ランク戦の施設での戦闘ならば、スペアの制服が常備されているため問題は無かったのだが、とにかく、彼の制服はボロボロになっていた。
そこで、リムジンの中で老人に手渡された黒いスーツに着替えたのだ。ネクタイは着けておらず、少しラフな格好に見える。
「リムジンの中にはそれしか用意していなかったものでして……我慢してください」
黒神の容姿のおかげか、外見に違和感は無い。狼のような鋭い目つき、ショートの髪。誰かのSPと言っても怪しまれないだろう。
彼自身、そのことを自覚しているようだが、かなり複雑な気持ちらしい。
老人と一緒にエレベーターに乗り込む。老人は6階のボタンを押した。
「これから、黒神君には『管理人』に会っていただきます」
「『管理人』……?」
狭いエレベーターの中で、2人の声が響きあう。
「分かりやすく言えば、総理大臣のような存在です。厳密には違いますが」
つまり、正真正銘エデンのトップである。それを理解した黒神は、大きく身震いした。同時に、とてつもない緊張が彼の脳を支配し始める。
確かに、いつかはエデンのトップと話をしなければならないと思ってはいたが、彼としてはまだ心の準備が出来ていないのだ。
そんな黒神を見て、老人は優しく語りかける。
「大丈夫ですよ、彼女は優しい人物ですし、何より綺麗なお方ですから」
「女性なんですか!? いや、だとしたら別の緊張が……」
余計に縮こまる黒神を見て、老人は自分の孫でも見ているかのように微笑んだ。
6階に到着し、エレベーターのドアが開くと、目の前に鋼鉄の重たそうな扉が現れた。右端には、パスワードを入力するための端末が置いてある。
エレベーターから降り、老人がパスワードを入力する。黒神は落ち着きが無く、扉以外何もない場所をキョロキョロと見回している。
老人がパスワードを入力し終わると、端末から心地よいソプラノの声が聞こえてきた。
『彼には来ていただけましたか?』
「ええ、ご所望の通りに」
どうやら、パスワードの入力は扉を開けるためのものではなく、中にいるであろう『管理人』と通話するためのものらしい。恐らく、扉を開けられるのは中にいる人間だけなのだろう。
『ありがとうございます。それでは、扉を開けますね』
通話が終わると、鋼鉄の扉が重たい音を響かせながら左右に開いた。
「黒神君、彼女の要望で僕は中には入れません。どうか、彼女の話を信じてあげてください。たとえそれが、君のこれまでを否定されるものだったとしても」
そう言って老人はシルクハットで顔を隠しながら再びエレベーターに乗って、下へと降りていった。
この扉をくぐれば、『管理人』がいる。
老人の言葉の真意はまだ分からないが、恐らく、『管理人』と話すことで黒神の今後が決まるだろう。
「……行くか」
何となくスーツの襟を正し、大きく息を吐いて、黒神は扉の中へと進む。