第三章 それぞれの戦い、それぞれの想い(12)
『瞬間移動』。その弱点は先述した通りである。だが、それを実行することは黒神1人では不可能である。ならば、2人ならどうか。
「……久しぶりだね、光」
轟は少し離れた場所にある校門に立っている朝影に対して声をかけた。美しいブルーの瞳を持つ少女は、青いオーラを纏い、両手を轟の方へと向けている。
「1ヶ月ぶりね、王牙。でも、決して喜ばしいことじゃないわ」
「確かに。だって君は、『裏切り者』だからね」
その言葉に、朝影の眉がピクリと動いた。
「そうかもしれないわ。特に、私の行動が今の状況を作り上げたと言ってもおかしくないんだし」
あの時、朝影が黒神に賛同していなければ。いやそもそも、朝影があんな場所で倒れていなければ。運命の分岐点は至る所に存在する。
しかし、人間は過去には戻れない。過去に戻って分岐点からやり直すなど、出来やしないのだ。
だから朝影は後悔していない。後悔するよりも、大事なことを知っているから。
「私は突き進む。たとえその先にあるのが絶望だったとしても」
彼女の言葉に、ふらふらだった黒神がもう一度全身に力をこめた。
彼を包む白いオーラがさらに濃くなり、彼の足が力強く地面を踏みつける。
「ああもう、面倒くさいな!!」
それを見た轟は朝影と黒神を交互に見ながら駄々をこねるように叫ぶ。
「大体、それでいいと思ってるの!? 光はともかく、黒神君はまだ何も知らない。このまま進んでも破滅に至るだけだ! 希望なんて――」
「そんなもん、必要ない」
口に溜まった血を吐き出し、顔を制服の袖で拭いながら黒神は力強い声で告げる。
「希望は俺たちが作る。そのために戦ってるんだ!」
「……これが私の、私たちの『英雄』。彼となら、どんな絶望も乗り越えられる」
そう言って、朝影と黒神はお互いに顔を合わせてはにかんだ。それが面白くないのか、轟は自分の唇を強く噛み締めていた。
「ふふふ、そうかい。君はもう止まらないか……」
轟は戦闘態勢を解き、両手を広げて見せた。そして、ニヤリと笑いながら、
「黒神君、僕は忠告したよ。君が進む道には想像も出来ないほどの絶望が待っている。さて、2対1はさすがにキツイから、僕は帰らせてもらうよ。他のメンバーは全員負けちゃったみたいだし」
よく耳を澄ますと、先ほどまで聞こえていた戦闘音がすっかり止んでいる。そして、歓談部のメンバーたちが救助に向かっているのが見えた。どうやら、全員勝利したようだ。
「僕にはまだやることが残ってるからね。ひとまずは、君たちの勝ちだ」
「待てよ。お前を許すわけにはいかない!」
「馬鹿だな。僕の能力ならすぐに逃げられるよ。それに、いずれまた戦うことになるさ……ああ、後この言葉だけは覚えておいてよ。いつか理解できる日がくるから……」
次の瞬間、轟の姿は消えてしまった。黒神は慌てて手を伸ばすが、無意味だ。
『瞬間移動』を使う直前、轟は校門にいる朝影には聞こえないくらいの声で、こう呟いていた。
――『裏切り者』
それが何を示すのか。
(……朝影が鍵ってことか? でも、だったらどうしてそんなことを敵に教える必要がある?)
考えていても仕方が無い。駆け寄ってきた朝影に肩を支えられながら、黒神は歓談部のメンバーの元へと向かう。緊張の糸が解けたからか、彼の白いオーラは消えていた。だから、今の彼は朝影の支えなしでは歩けないのだ。
ちなみに、ようやく合流した早織に朝影と密着している所を見られて怒られた(何故か一緒にいた早苗も頬を膨らませていた)のはまた別の話である。