第三章 それぞれの戦い、それぞれの想い(8)
雨宮雫。その青いオーラを纏った眼鏡の少女は、指から伸びている水の爪を振り回す。
その長さは自由に調整できるらしく、早織が後ろに退いてもその爪が彼女の首元に迫る。早織は驚きながらも『水創剣』で爪を弾く。
「月宮。強い。でも。負けない」
どうやら、同じ水属性の能力者とはいえ、雨宮は水の爪しか攻撃方法がないらしい。そう考えればより自在に水を操れる早織に分がありそうだが、実際はそうでもない。
雨宮は手を振り回すだけで攻撃が成立する。それも、伸縮自在なため早織は防戦一方になるしかないのだ。
(なんとかして懐に潜り込みたいけど……もう『水分身』での奇襲は出来ないし……)
水の爪と水の剣。
それぞれが激しい音を響かせながらぶつかる。
「いいこと。教えてあげる」
両手を振り回しながら、雨宮は早織に聞こえるくらいの声で話しかける。
「『英雄』。月宮に。隠してること。ある」
「……?」
「『エデン破壊論』」
確かに、その言葉を黒神から聞いたことはない。だが、恐らくそれくらいの情報は早織でも手に入れられるだろう。だから、早織はそれを黒神が隠していたのだとしても、あまり気にしないはずだ。
雨宮も、それくらいの予想はついていた。
だから、彼女は言葉を継ぐ。
「『第四次世界大戦』」
今度は、早織の表情が凍りついた。
その際、手元が狂い向かってくる水の爪を弾くことが出来ず、爪が彼女の顔を浅いながらも切り裂く。
「痛っ……」
顔を押さえながら後退し、早織は雨宮に尋ねる。
「『第四次世界大戦』ってどういうこと?」
「うふふ。外界。既に。動き始めてる。知らないの。エデンだけ」
「エデンだけ……?」
「私たち。『第四次世界大戦』。阻止する。だから。ここに来た」
話のほうが重要なのか、雨宮も攻撃してこない。早織は顔から流れる血を拭いながら、
「何言ってるのよ。その言い方じゃ、まるであなたたちが味方みたいじゃない」
「……その通り」
その時、早織の中で大きな疑問が生まれた。
いや、普通の人間なら雨宮の言葉は嘘だと思えるだろう。何せ、現時点で彼女は敵なのだから。
だが、早織は違う。何故なら、彼女には思い当たる節があったからだ。そう、『二重能力試行実験』である。彼女の人生の大半を奪った実験。その被害者だからこそ。
――あの実験が戦争に繋がっていたとしたら?
1度浮かんだ疑問は連鎖する。
――ならば、『楽園解放』は本当に?
疑問が、彼女の思考を奪っていく。もちろん、こうなることを雨宮は予想していた。そして、自分の思い通りの展開にニヤリと笑いながら爪を長く、太くする。
「今。この場で。私たち。正義。月宮たち。悪。世界的には」
「ち、違う! だって私たちはこの学校を守ろうと……」
いや、エデンが戦争に向かっている組織であるならばどうだろうか。自分たちは意識していないとはいえ、この学校の存在が悪ではないと言い切れるか?
「わ、私たちは……!!」
そこからの言葉が続かない。抵抗の意味を込めて、早織はキッと顔を上げた。そこにあったのは。
「――っ!?」
巨大な水の爪。その大きさに、爪の持ち主である雨宮の姿が隠れてしまっているほどだ。よく見れば、爪が出ているのは彼女の右手だけ。左手の分の水を右手に集中させたのだろう。
早織は慌てて水の剣を握り直すが、もう遅い。
巨大な水の爪は早織の体を5つに裂き、辺り一面に彼女の血を撒き散らす――はずだった。
「え?」
素っ頓狂な声を上げたのは雨宮だ。何故なら、彼女の水の爪を黒い光線が弾き飛ばしてしまったからだ。
「黒い、光線?」
それを、早織は知っている。
彼女と同じく、『二重能力試行実験』の被害者であり彼女の妹。クローンとは微塵も感じさせないほど人間じみた少女。
「ピンチみたいだね、お姉ちゃんっ」
その少女――月宮早苗は両手に黒球を携えて、笑顔のまま立っていた。