第三章 それぞれの戦い、それぞれの想い(7)
何故『楽園解放』が黒神に轟を当ててきたのか。その理由は、現状を見ればはっきりと分かるはずだ。
「はぁっ……はぁっ……!!」
当たらない。黒神の攻撃は全て『瞬間移動』によってかわされてしまう。そして、どこから来るのか分からない轟の攻撃を避けることはできない。
綺麗な顔のまま立っている轟とは対照的に、黒神は頭や鼻、目など様々な場所から出血していた。拭っても拭っても血が目に入り、視界が紅く染まる。
(……くそっ!! あいつの能力の弱点自体は分かってるんだ。でも、それを実行できない!!)
『瞬間移動』の弱点は、移動した瞬間に放たれた攻撃は避けられないというものだ。分類的には不意打ちに入るだろうか。
だが、何処から出てくるか分からない相手に不意打ちなどできるわけがない。
「そろそろ、負けを認めてくれないかな。君が降参してくれればすぐにでもこの戦いは終わる。君も、僕たちもそれが1番楽なんだよ」
ゆっくりと、黒神と同じく白いオーラを全身に纏った轟が近づいてくる。その拳には、黒神の血がべっとりと付いたメリケンサックが光っている。
「誰が、降参するかよ……自分の学校をめちゃくちゃにされて、挙句負けを認める? できるか……皆が戦ってるのに、俺だけが諦めるなんてできるかよ!!」
皆、とは歓談部のことだけではない。
今も瓦礫の中にいる他の生徒たちのことも含まれている。防御の能力を使っているとしても、瓦礫だけでなく炎にも囲まれている、更には学校を破壊した敵が襲ってくるかもしれないという状況で容易に脱出できるはずがない。
そう、彼らも恐怖と戦っているのだ。
そして、防御系の能力を使えず、使える者が側にいなかった生徒たちはもっと苦しい思いをしている。
「俺は、諦めない!! お前たちなんかに負けはしない!!」
「さすが『英雄』だね。でも、気持ちだけ強くても意味が無いんだよ」
そう言った轟の姿は、もう黒神の視界から消えていた。
「結局、降参しようがしまいが君は負けるんだ。変わるのは、このまま生きていられるかどうかだけ」
ゴキィッ!! という音と同時に、黒神の視界が大きくブレる。そして、少し遅れて後頭部に焼け付くような痛みを感じた。
その次に、自分の体がうつ伏せに倒れていくのを感じた。
(マズい……! 体が動かない!!)
意識はあるが、どれだけ『氣』を集中させても体が動かない。否、動いたとしてももう遅い。黒神の体は瓦礫の中に倒れ――
「それで終わると思った?」
その言葉が聞こえた刹那、真っ赤に染まった視界にあった瓦礫が消えた。気付いた時には、その瓦礫がかなり遠くになっていた。
(また……か!!)
轟の『瞬間移動』の効果範囲は、自分が触れている物体全て。彼は再び黒神ごと移動したのだ。
空中ではさらに体の自由が利かない。できるのは、背中に『氣』を集中させて防御することのみ。
「さすがに、警戒してるよね」
だが、轟が行ったのは攻撃ではない。ただ、黒神を踏みつけるような形で彼の上に乗っただけだ。
乗るだけならば、いくら『氣』が集中していようが関係は無い。
そして、黒神はある戦いを思い出した。それは、早織の妹である早苗が暴走した時の戦いだ。圧倒的な強さの彼女の前に、黒神は為す術が無かった。
その時に彼女が見せた攻撃に、今の状況と酷似するものがあった。
(……あ、あぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!)
あの時の恐怖が、蘇る。
「これでもまだ、降参しないつもりかな?」
もはや、何もできない。黒神はこのまま地面に叩きつけられて今度こそ動けなくなるだろう。地面に吐しゃ物や血を撒き散らし、無残な姿で敗北することになるだろう。
黒神が遂に諦めて、目を強く瞑った瞬間、彼の体が轟ごと突然凍ってしまった。
凍ったと言っても、体が動かないだけで意識ははっきりしている。
(一体、何が!?)
直後、巨大な氷は砕けてしまった。凍って、落下が一旦止まったことで、黒神の体が地面に落ちたときの威力はかなり軽減された。
轟が上にいたとはいえ、纏った『氣』で致命傷は避けられるレベルだ。
黒神は両手に『氣』を集中させ、地面を殴りつける。その反動で轟ごと体が浮き上がり、それに驚いた轟は黒神から距離を取った。
「まさか、もう来たとはね……」
何とか起き上がった黒神は、轟が自分の方を見ていないことに気付く。彼が見ていたのは、校門であった。どうやら、彼が移動したのは校門の近くだったらしい。
黒神も、ふらふらとした足取りながら何とか立ち上がり、校門を見る。そこには――
「間に合った……!!」
冷たい風に、長くて綺麗な青髪が揺れる。走ってきたのだろうか、息遣いは荒い。
白いシャツに紺色のブレザー、プリッツ柄のスカートという何処かの制服に身を包み、その少女は右手をこちらに向けていた。
――朝影光。
『楽園解放』であり、『楽園解放』ではない少女。この戦いの、鍵を握る人物である。