表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/311

第三章  それぞれの戦い、それぞれの想い(5)

「私としては、『英雄』と戦ってみたかったのだがな」


 崩壊し、火事を起こしているランク戦用施設の近くで、藤原と少女は向き合っていた。彼女は、新庄聡美(しんじょうさとみ)と名乗った。


 新庄は藤原と年齢が近いはずなのだが、見た目からはもっと年上に見える。今はオーラを纏っておらず、太刀の先を藤原に向けたまま冷たい風に長い黒髪を揺らしている。


 空は少しずつ暗くなっていく。雨を降らす準備を整えているかのように、雲が集まってきているのだ。

 そして、藤原の表情も暗かった。顔は新庄の方へ向けているものの、金髪がその目を隠している。宿っているのは悲しみか、それとも怒りか。それは新庄の方からは伺えない。


「……どうして僕の方に来たんだい?」


 ゆっくりと、低い声で藤原は問いかける。対して、新庄はニヤリと笑いながら、


「『英雄』以外で強いのは貴様のようだったからな。単なる好奇心だ。貴様も分かるだろう、強い者と戦いたいという気持ちが」

「……分からないでもない。でも、君たちがやったことは理解できないね」


「ふん、理解する必要は無い。貴様も我々の事情は知らんのだろう? ならば――」

「――『エデン破壊論』」


 その言葉に、新庄は驚いたような表情を浮かべる。彼女としては、黒神以外がその言葉を知っているとは思っていなかったようだ。先ほどよりも不敵な笑みを浮かべながら、藤原に尋ねる。


「貴様、どこまで知ってる?」

「さあ。少なくとも、終ちゃん……『英雄』よりは知ってると思うよ」


 会話は、そこで途切れた。

 刀ごと『青い』オーラを纏った新庄が、藤原に斬りかかったのだ。刀の青いオーラは水の斬撃となって藤原に襲い掛かる。


 だが、藤原が振り回した左手によって、斬撃は霧散してしまった。


「ほう、踏み込んだだけはあるな。中々強――い!?」


 ガクンッ!! と。

 突然、新庄の視界がブレた。それどころか、喉に焼けるような痛みが走る。


「貴、様っ!!」


 藤原の手が、新庄の喉を掴んでいる。その手には炎が燃え盛っている。


「正直、『エデン破壊論』がどうとか『英雄』がどうだとか、僕は興味が無いんだ。僕はただ後輩を、そしてこの学校を守りたいだけだ。つまり、僕は今怒ってる。だから、全力で行く」


 新庄は刀の柄で藤原の手を殴り、何とか振り払ってもう一度水の斬撃を放つ。しかし、もうそこに藤原の姿は無かった。


「――『瞬間移動』か!!」


 新庄の後ろに移動していた藤原は、彼女に向かって右手をかざした。直後、まるで上から鉄球でも落ちてきたかのような衝撃が彼女の体にかかり、為す術も無く地面に叩きつけられてしまう。


(これは……重力操作!? どういうことだ、まさか『二重能力』の使い手か!!)


「考えてることは分かるよ。でも不正解だ。僕は『二重能力』じゃない」

「がっ……く、ふっ」


 強大な重力に、新庄の体は言うことを利かない。息を吸うのが精一杯だ。


 うつ伏せのまま苦しむ彼女の後頭部めがけて、藤原は踵落としをした。大きな音が響き、新庄の顔面は地面にめり込んだ。


「むぐぅっ!!」

「……弱いな。あの口ぶりからして、集団の中じゃ最強なのかとも思ってたけど、どうやらそうでもないらしいね。その程度で『エデン破壊論』を謳っていたのかい?」


 ポケットに手を突っ込みながら、侮蔑と怒りの混じった表情で新庄を見下す。恐らく、歓談部でも藤原のこんな表情を見たことはないだろう。


「その程度で、僕の母校を滅茶苦茶にしたのかい? まあ、君がどれだけ強くても許す気は無いけど」


 重力を解除せず、藤原は新庄に背を向けた。最早戦う意味は無い、寧ろ後輩たちを助けに行くほうが有益だと彼は判断したのだ。


 彼が鏑木たちの元に向かおうとした時だった。

 背後で、新庄の叫び声が聞こえたのだ。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!」


 強大な重力に逆らい、彼女は立ち上がる。顔は至るとこに擦過傷を負い、最初の凛とした表情はもう見受けられない。それどころか、苦痛に歪んでいる。


「流石に、それを克服するだけの力はあるんだね」

「私たちを、舐めるなぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」


 彼女が太刀を構えると、それまで纏っていたオーラが赤色に変わった。


「……『二重能力』?」

「くははっ!! よもや『英雄』以外に本気を出すことになるとはな。いいだろう、見せてやる……私の力を!!」


 直後、赤いオーラに混じって黄色のオーラが彼女の体を包み込んだ。それを見て、藤原は拳を硬く握り締めた。もう意味は無いと判断し、既に重力は解除している。


(『二重能力』……いや、だとしたら僕の能力を見てからでもそれを使ったはずだ。つまり、そうじゃない)


「『炎雷一閃(えんらいいっせん)』」


 新庄が太刀を振る。すると、火と雷が交じり合った斬撃が一閃、藤原へと向かってくる。


「まだだ、『炎風二閃(えんぷうにせん)』」


 次は、二度振るう。


「『水炎雷三閃(すいえんらいさんせん)』」


 今度は三度。

 様々な属性の斬撃が藤原の視界を埋め尽くす。彼女が太刀を振る度にオーラは変わる。


(……分かったぞ、やっぱりこれは『二重能力』でも、況してや『多重能力(マルチスキル)』でもない)


 そして、彼の眼前に無数の斬撃が迫る。


「君の能力は、その刀だ」


 その言葉が聞こえたのとほぼ同時に、全ての斬撃が凄まじい爆発音と共に消え去った。もくもくとあがる土煙の中に、藤原は無傷で立っていた。


「な……に? 私の斬撃を全て防いだだと!?」

「『瞬間移動』を使っても良かったんだけどね。それだと他の場所に被害が出てしまう」


 よく見ると、彼の周りを半透明の球体が囲んでいた。


「貴様、まさかどんな能力でも使えるというのか……!?」

「仕組みさえ分かれば、いくらでも。そして、君の能力の仕組みは理解した」

「何だと……」


 瞬きをした直後、藤原の顔が目の前にあった。


「――っ!!」

「君の能力はその刀。差し詰め、様々な斬撃を放てる太刀ってところかい?」


 慌てて太刀を振り回そうとするが、刀を握っている右手の手首を掴まれ、それ以上動かせない。


「なるほど、その焦りよう……正解みたいだね。まあ、僕と同じで『二重能力』や『多重能力』と間違われてもおかしくない」


 そう、新庄の能力自体は様々な属性の斬撃を放つものである。つまり、属性こそ様々扱えるものの、攻撃自体は斬撃のみ。『二重能力』が異なる能力を2つ持っている状態であるならば、その定義には当てはまらない。


 そして、彼女の斬撃は太刀に依存する。太刀もオーラを纏っているのがその証拠だ。言い換えれば、彼女は太刀が無ければ能力を使えない。


「女性だからって容赦はしない。君は多くの人間を傷つけているからね」


 言いながら、藤原は身体強化の能力を発動し、握り締めていた彼女の右手を手首から折ってしまった。

 筆舌に尽くしがたい音が鳴り、新庄の右手はあらぬ方向に曲がった。


「あ、がっ……あぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」


 激痛に血塗れの顔を歪め、太刀を落としてしまう。藤原は落ちた太刀を蹴り飛ばし、彼女から遠ざけた。


「痛いかい? でも、それじゃ君がこの学校の人間に与えている苦痛には足りない。もしその程度で泣き叫ぶようなら、君に『エデン破壊論』を実行する資格なんて無い」


 目尻に涙を浮かべながら叫び、膝から崩れ落ちる新庄を見下ろし、藤原はこう告げた。



「始めたのは君だ。ならば、結末も君が受け取るのは当然のことだろう?」



 その瞬間、新庄は理解した。

 ――この男を怒らせてはいけなかった、と。


 だが、後悔してももう遅い。

 強力な拳が彼女の顔に突き刺さり、その体はノーバウンドで瓦礫の中へと叩きつけられた。そして、彼女の意識は露と消える。


 藤原はそれ以上新庄の方を見ずに、他の部員たちの下へと向かう。

 これが、藤原創の実力。大学がルールを犯してまで獲得しようとした人物である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿開始しました→「風と歌と勝利のΔ(ラブ・トライアングル)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ