第三章 それぞれの戦い、それぞれの想い(2)
ネクタイをゆるめたスーツ姿の金色で長髪の、ホスト風の男。どこかの制服を着た、短い茶髪で赤い眼鏡をかけた真面目そうな少女。誰が見ても賞賛するほどのスタイルを持つ、ポニーテールの大学生らしき女性。黒いマスクをして、タレ目だけを見せているオールバックの赤髪の男。
そして、相変わらずのジャージ姿である轟と刀の刃を黒神に向けたまま凛とした表情で立っている少女。
それが、『楽園解放』のメンバーだ。
そして、各々が歓談部のメンバー1人ずつに向かっていく。歓談部のメンバーは後ろに下がったり、横に走り出したりして、固まらないように動く。
結果として、最初の場所に残ったのは黒神と轟だけだ。その距離は、手を伸ばせば届くほど。
「……今朝ぶりだね、黒神君」
「轟、王牙か。お前ら、どうしてこんなことを……」
ジャージのポケットに手を突っ込みながら話す轟と、少し俯いて低い声で話す黒神。朝に会話した時とは状況が全く違う。より具体的には、黒神の中での轟の立ち位置が。
同じ『楽園解放』とはいえ、彼は敵。
神原たち治安維持部隊としての『楽園解放』を全滅させ、黒神の通う学校を滅茶苦茶にした、明確な敵。
「黒神君、君は僕たちにとって重要目標なんだよ。もちろん、討伐目標としてのね」
「だったら、俺だけを狙えばいいだろ。どうして学校を襲う必要がある」
「……何となく。そうとしか言えないね」
その言葉を聞いた瞬間、黒神の体を纏う白いオーラが急激に濃くなっていく。
「許さない。俺は、お前たちを許さない……絶対に!!」
直後、ガバッ!! と顔を上げた黒神が『氣』を集中させた右拳を振り回す。だが、その拳が当たることは無かった。
気がつけば、轟の姿は黒神の後ろに移動していた。
「……『瞬間移動』」
「その通り。それが僕の能力だよ」
黒神には、『瞬間移動』に苦い思い出がある。そのことも加わり、黒神の顔は歪んでいた。怒りと焦り、2つが混ざり合って。
「『今の』君の能力には、僕が適任らしいんだ。まあ、今の君は不意打ちが弱点だからね」
轟は数回『瞬間移動』を見せた。黒神は彼の姿を追うのに精一杯だ。
「こんな感じで、僕は何度でも連続で『瞬間移動』を使用できる」
『瞬間移動』は、その名の通りの能力であり、とてもシンプルだ。そして、シンプルな能力故に弱点も少ない。
「こんなことも出来るんだよ」
黒神の目と鼻の先まで接近した轟は、驚く彼の肩に右手を乗せる。直後、黒神の体は空中に移動した。
「――っ!?」
「僕の体に触れているものは全て『瞬間移動』の対象。そして、滞空は出来ないけど空中間で『瞬間移動』を使用出来る」
『氣』でできた玉を放とうとする黒神から手を離し、轟は彼の背後に移動する。
(くそ、対応出来ない……!!)
轟がとった行動は簡単なものだ。空中で体の自由が利かない黒神の頭に両拳を振りおろす。ゴキィッ!! という音が響いて、黒神の体は逆さまになって地面へと叩きつけられてしまう。
「がはっ……!!」
集中していなかったとはいえ、黒神は全身に『氣』を纏っている。頭も例外ではない。なのに、彼の頭からは血が流れ、顔を伝って血が地面へと落ちていく。
殴られた場所を押さえながら立ち上がると、その理由が分かった。それは、轟の拳である。
「メリケンサック……?」
「『氣』が防御になるといっても、薄ければそこまでの効力は無い。なら、拳の威力を大きくすればいいんだ。実際、元隊長のような巨体からの突進は満足に防げなかったみたいだし」
もちろん、轟は神原よりも――況してや黒神よりも小柄である。そんな少年が神原並みの威力の拳を振るうには? 考えれば簡単なことだ。
身体強化の能力が使えない以上、別の手段で強化すればいい。そうして辿りついたのが、メリケンサックを装着することだ。
「僕の勝利は揺るがない。だから、もう降参してくれないかな」
「……断る」
「そっか」
そして、再び轟の体が黒神の視界から消える。