第二章 動乱の産声聞こえし時(5)
カントリーの事件から分かるように、神原の身体能力及び精神力は尋常ではない。それは、彼が自分の能力の弱点を知っているからこそ鍛え上げたものである。
この世に超能力というものが無かったら、彼は間違いなく最強の名を冠していただろう。
そんな怪物を、轟のような少年が倒すにはどうすればいいだろうか。
答えは簡単だ。
一撃で命を奪ってしまえばいい。例えば、拳銃で頭を撃ち抜くとか。いくら身体能力がずば抜けていても頭を撃ち抜かれれば人間は死んでしまうし、死んでしまえばいくら強靭な精神力をもっていたとしても、無意味だ。
だから轟は神原の後ろに瞬間移動し、拳銃を突きつけた。そして、躊躇することなくその引き金を引いたのだ。
しかし。
「まさか、あの一瞬でそんな判断が出来るなんて……さすが元隊長だね」
轟は右足の膝をついたまま、反対の膝を押さえていた。もちろん神原はうつ伏せで地面に倒れているのだが、その命はまだ奪われていない。
轟の右手に握られている拳銃から放たれた弾丸は、神原の頭を貫くことは無く、彼の喉を貫いた。
それは、銃撃を避けられないと判断した神原が、拳銃の引き金が引かれる直前に轟の膝を蹴ったことが原因だ。
轟は膝を蹴られた衝撃で体勢を崩し、想定外の格好で引き金を引くことになった。
「僕も攻撃手段は物理的な物しか無いから、結構鍛えてきたつもりだったけど、やっぱり元隊長には敵わないや。それに、今もまだ意識はあるんでしょ?」
痛みが引いてきたのか、轟はゆっくりと立ち上がりながら神原に声をかける。
だが、神原は喉を撃たれているために喋ることが出来ない。代わりに彼は寝返りをうって、意識があることを示した。
「念には念を。元隊長のことだから、この状態でも動けるだろうし」
そう言って、轟は神原の四肢を1回ずつ撃ち抜いた。神原の喉から悲鳴にも似た音が漏れるが、彼は気にしない。
「って、左手は義手か。まあいいや。さて、これで元隊長は動けないだろうし、最初の作戦はクリアかな」
何かを伝えようとする大男に背を向け、轟はポケットに手を突っ込んで歩き出す。
神原を殺さなかったのは情けか、それとも微かに残る忠義か。
少し進んで、轟は『瞬間移動』を使って何処かへと消えてしまった。
残された神原は激痛に耐えながら、轟に倒された仲間たちの方へ顔を向ける。幸い、全員気絶しているだけらしい。恐らく轟は体術で制圧したのだろう。
(ち、くしょう。あいつ……とにかく、この事を伝えねェと……もしあいつらが12月25日の作戦通りに動くのなら、次はホープだァ……)
撃たれたとはいえ、義手である左手は動く。神原は左手の甲にある画面を右手に近づけ、痛みに耐えながら右手で文章を打つ。そして、完成した文章をとある人物に送った。
神原の元部下であり、現在最も『英雄』に近い少女。『英雄』の連絡先を知らない神原は彼女に送るしかなかった。
送信し終わる頃には、もうコルンに鳴り響いていた戦闘の音は止んでいた。
敗北の後の静けさだけが、『楽園解放』を包み込んでいた。