第二章 絶望の急襲(3)
「やっぱり、カップルが多いな……畜生」
大通りへとスイーツを買いに来た黒神は恨めしそうに呟く。
「貴方、彼女いないの?」
「ああ、いたこともないよ」
黒神の表情はもの凄く悲しそうだ。
「ふーん……悲惨ね」
「あんだと!? じゃあお前はいたことあるのかよ!」
「……あ、ほら着いたわよ。あそこで買うんでしょ?」
「おい話をそらすな! しかもそこは激辛料理専門店だ!」
朝影が指差した店の看板には、『死の恐怖を君に。激辛料理店アラシ』と書かれていた。これを間違えるとは、朝影は動揺しているのだろうか。
「と、とにかく時間が無いんだから早くして」
「……ったく、強引な。あの店だよ。昨日と今日の2日間は特売日なんだ」
「じゃあ、なんでコルンで買おうと思ったの? こっちが安いなら――」
「こっちでも買うつもりだったんだよ」
朝影は深いため息を吐いた。
この男は、かなりの甘党らしい。
目的の物を買いに黒神が店へと入っている間、朝影は近くのベンチに座っていた。
(にしても、どうしてコルンでの戦闘が報道されていないのかしら。コルン内部だけの戦闘だったとはいえ、被害者は大勢いるはず。……黒神が庇ってくれたときに被害者たちがあんなに素直に退いたのも納得がいかないし……)
もしも、第三者が介入しているとすれば、その人物は精神操作系の能力を持っていると考えられる。
だとしても、その第三者はなぜそのようなことをしたのか。謎は、深まるばかりだ。
(もし、『楽園解放』のメンバーだったとしたら……でもそれだと、未だに行動を起こしてないことが引っかかるのよね。あの場にいたのなら、私が敗北したことも知ってるはずだし)
もしかしたら、事態は朝影が考えているよりももっと複雑なのかもしれない。
(『氣』。否定され続けてた能力だから、情報が少なすぎて正直、どんな特訓をすればいいか分からないのよね。多分、集中の制度を上げれば良いんだろうけど)
逆に言えば、敵にとっては戦いづらい能力でもある。
(はあ、でも『楽園解放』のメンバーと会うのもなんか嫌かも。一応私、裏切り者に入るんだろうし。でも、やらなきゃいけないのよね)
実験を阻止するためには、『楽園解放』の力が要る。手段は違えど、目的は同じだ。話し合えば、分かってもらえるはず。
しかし、戦いになるのは避けられないだろう。
(もしも今の段階で隊長が出てきたら……考えるだけで恐ろしいわ)
そんなことを考えていると、店のドアが開いて、黒神が出てきた。その手には恐らくケーキが入っているであろう袋が握られている。
「すまん、ちょっと混んでてな」
「いいわよ、別に。それよりも、早く戻るわよ」
「おう」
ホクホク顔の少年と対照的に、少女は険しい顔をしていた。これからのことを考えていたからだろう。
「貴方には、早く強くなってもらわないと困るのよ……」
そう呟いて隣を歩く黒神を見ると、彼はすでにケーキを食べ始めていた。
「…………」
朝影の無言の鉄拳が黒神のわき腹にヒットし、彼は数秒その場にうずくまっていた。