第二章 動乱の産声聞こえし時(4)
「そォか。そッちに来たか」
露店ばかりが並ぶ町、コルンのとある場所にいた神原はデバイスから聞こえてくる声に、複雑な表情を浮かべる。
彼としてはやはり、昔の仲間とは戦いたくないのだろう。
だが、迷う彼を敵は待ってくれない。連絡が絶たれた直後、離れた場所から爆発音のような音が聞こえてきた。
連続するその音は、戦闘が始まったことを表している。
「行くしか、ねェか」
短くため息を吐き、神原は近くにいるメンバーを誘導する。
付近の住民の避難は既に完了しており、建物(特に露店)への被害を考えなければ派手な戦闘も可能だ。
「やつらは俺たちの弱点を知ッてる。だが、それは俺たちも同じだ。遅れをとるな。全力でぶつかれ!!」
爆発音の響く場所へ駆けながら、神原は後ろにいる仲間たちへと声をかける。だが、返事の声が聞こえない。それどころか、よく耳を澄ましても着いてきてるはずの足音が聞こえない。
不審に思って振り返ると、そこには緑色のジャージを着た、両手に何か光るものを携えている童顔の少年が立っていた。その足下には、神原に着いてきていたメンバーが倒れている。
「と、轟……!!」
「久しぶりだね、隊長。いや、『元』隊長かな?」
「テメエ、わざと踏んでるのか」
神原は轟の足下を見ながら、鬼のような形相で言った。
轟は横たわっている少女の後頭部を片足で踏みつけていたのだ。しかし、彼は全く悪びれない。寧ろ、嬉しそうな笑顔を浮かべて、
「それ以外に何があるの? さすがにこんな大きなモノ、踏んでて気付かないわけないじゃないか。それとも、僕が操られてるとでも思ってるの?」
「そうであッて欲しいと思ッてはいるがな」
「残念」
「そォか」
会話はそこで途切れた。
神原は拳を固く握り締めて、轟に向かって突進をする。その巨体から繰り出されるパンチは、かなりの威力を誇る。カントリーでの戦闘の際には、廃ビルの床を破壊したほどだ。
そして、そのことを轟はもちろん知っていた。だから彼は――
「相変わらず、力任せだよね」
神原が振りぬいた拳はビュンッ!! という凄まじい音を鳴らしながら空を切った。轟はいつの間にか神原の後ろに移動していたのだ。
「ちッ、やッぱり面倒だよその能力は」
「そうだよね。だって僕の能力は元隊長じゃ無効化出来ないもんね」
再び神原の拳が轟に向かって振るわれるが、またしても彼は神原の後ろに一瞬で移動してそれを回避する。
その後も、展開は変わらない。
移動した轟に向かって神原が突進するが、その度に轟は一瞬で移動してしまう。
『無効化』。敵の能力を無効化する能力を宿す神原の攻撃方法は、肉弾的なものに限られる。実は、これも彼の弱点の1つなのだ。
対して、轟の能力は――
「『瞬間移動』。シンプルな能力だけど、故に戦いやすい。それに、体に触れないと無効化出来ない『無効化』では、僕の能力は無効化出来ない」
そう、『瞬間移動』はそもそも攻撃のための能力ではない。故に、能力そのものが神原の体に触れることはない。だから、『無効化』は発動しないのだ。
もちろん轟も肉弾戦に頼るしかないのだが、神原とはわけが違う。
瞬間移動でいくらでも回避できる轟と、結局は自分の身体能力に全てが依存してしまう神原。早い話が、神原がスタミナ切れしてしまったらもう終わりなのだ。
「轟ィ、俺がスタミナ切れするとでも思ッてんのかァ!?」
その弱点を神原は自覚していた。だから彼はそんな戦闘に備えて、常に体を鍛えている。具体的には、片腕を失っても戦えるほどに。
「ん、まあ、ジリ貧なのは分かってるよ。だから……」
再び轟の体が消えた直後、ガチャリという音と同時に神原の後頭部に硬い物が突きつけられた。
その正体を、神原は知っている。
だからこそ、彼は今までに無いくらい焦った表情で突きつけられたそれを振り払おうとした。だが、轟は容赦なくその引き金を引く。
乾いた音が1回。
そして、何か重いものが地面に落ちる音が1回。
こうして、治安維持部隊『楽園解放』の隊長はかつての部下に敗北した。