第二章 動乱の産声聞こえし時(2)
大通りの近くに、小さなコンビニがある。黒神はそこで傘を買うことにした。本当は黒神が持っているようなちゃんとした傘を買いたかったのだが、今の黒神の財布にそんな余裕は無い。ただでさえ2人分の生活費を賄わなければならないのに、贅沢は出来ないのだ。
黒神の場合は親の仕送り以外に収入源が無いのだからなおさらだ。
「親父に女の子と同棲してるから仕送り増やせとも言えないしなぁ」
別に、説教を喰らうからではない。黒神は単に根掘り葉掘り聞かれるのが嫌なだけである。
下手すれば、両親をこちらの領域に巻き込んでしまうかもしれない。だからこそ、今はまだ朝影のことは言えない。
「ま、文句言われたら俺の傘を使わせればいいか」
そう呟きながら、黒神はコンビニの入り口に置いてあるビニール傘を手に取り、レジへと持っていく。値段は200円だった。
代金を支払うと、そのまま外に出た。
「つーか、本当に朝影はどこに行ったんだ? まさか、彼氏が出来てそいつの家でお泊り……とかか?」
その可能性を考えてみたものの、昨日の夜までは黒神の家にいたのだから、それはないという結論に至った。
「……何だ? そんなはずはないって分かってんのに、モヤモヤするぞ?」
よく分からない感情に首を傾げながら、黒神は自宅へと向かう。その道すがら、緑色のジャージ姿の少年に話しかけられた。
「あの、黒神終夜さんですよね?」
「……え。そ、そうだけど……」
幼さの残る顔立ちで、ストレートの金髪。身長も黒神より低く、中学生に見える。
「ああ、先に言っときますけど、僕は高校生ですからね。いつも間違われるんですよ……てか、同い年でしょ? 高校2年生だし」
「高校2年生!? そ、そうなのか。んで、俺に何の用だ? つーか、どこの学校の……」
「まだ名乗ってなかったね。ごめんごめん。僕は轟王牙、『楽園解放』のメンバーだよ」
同い年なのを確認したからか、轟は敬語を使わなくなった。まさに天真爛漫な笑顔を浮かべて、黒神の質問に答える。
『楽園解放』。その単語で、黒神も轟が自分のことを知っていることに納得がいったらしい。警戒心を解き、話を続ける。
「そうか、『楽園解放』か! じゃあ、『二重能力試行実験』の時も協力してくれたんだよな」
「ん、えっと、まあ」
轟はどこかぎこちない返事をする。しかし、黒神はそれを気にしていなかった。
「ありがとな。お前らの助けが無かったら、解決出来なかったかもしれない。でも、一応治安維持部隊なんだろ? こんな所出歩いてて大丈夫なのか?」
「問題ないよ。今の僕の任務はある人物を見つけ出すことだからね」
「ある人物?」
「朝影光。君と一緒に暮らしてる女の子だよ」
そう、轟は朝影を探してここを歩いていた。そこで偶々彼女と同居している黒神を見つけたから、話しかけたらしい。
「朝影は今朝から見てないな。どうかしたのか」
「いやぁ、そこまでは僕も知らなくてね。上から見つけて来いとしか言われてないんだ」
「俺も今朝から朝影の姿は見てないな。寧ろ俺もあいつの居場所を知りたいくらいだ」
黒神の言葉を聞いて、轟はこれ以上の情報は得られないと判断したのか、話を切り上げた。
「そっか、情報ありがとう。何か分かったら連絡してくれよ。まあ、逆ももちろんだけど」
そう言って、轟はジャージのポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出した。
「ん、それデバイスじゃないよな」
「……こっちは単純な連絡用でね。あれ、デバイスって普通の携帯電話とは連絡出来ないんだっけ」
「いや、電話とメールなら出来る。他の細かい機能は無理だけどな」
「それは良かった。じゃあ……」
連絡先を交換した2人は、各々進行方向に向かって歩き出す。
自宅へ帰りながら、黒神はとある疑問を抱いた。
「つーか、神原なら朝影の連絡先を知ってるはずじゃないか。どうして部下なんかに?」
振り返ってみたが、もうそこには轟の姿は無かった。素朴な疑問に首を傾げながらも、彼は再び歩き出す。その疑問の答えが大きな意味を持っていることに、この時の黒神は気付いていなかった。
黒神と別れて数分後、轟の携帯電話が鳴った。電話に出ると、ドスの効いた女性の声が聞こえてきた。
『第二目標と接触。轟、任務は一旦放棄して戻ってこい』
「了解。そっか、そっちと先に接触しちゃったか」
次の瞬間、童顔の少年の姿がその場から完全に消えてしまった。