行間1
顎に立派な髭を蓄えた、狼のような茶髪の大男、神原嵐は相変わらずのスーツ姿だった。彼はエデンが『楽園解放』のために用意した寮のミーティングルームにいる。
全メンバーに召集をかけており、待機中なのだ。
「……遂に来ちまッたか。いつかは戦わなきゃならねェと思ッてたが、早すぎるぞ」
神原の左腕は義手兼デバイスである。彼は手の甲にある画面を操作しながらため息を吐いた。
その画面には、どこかの監視カメラの映像が映っている。
「それに、最後の言葉も気になるな。光との接触……奴らはそれを最重要目標にしてる気がする。だとすれば、やはり黒神の力が必要かァ? ッたく、身内のことは身内だけで済ませたかッたんだがなァ……」
ミーティングルームは学校の教室のようなつくりになっている。
神原はホワイトボードの前にある椅子に座りながら、顎に手を当てながら考え込んでいた。
数分後、寮内にいる『楽園解放』のメンバーが続々と部屋に入ってきた。彼らは各々席に着き、ホワイトボードの前に座っている神原の言葉を待つ。
「ん、揃ッたか? じゃあ、緊急のミーティングを始める」
メンバーの視線に気付いた神原はそう言いながらゆっくりと立ち上がり、ホワイトボード用の黒ペンを取った。
「まァ、既に気付いてる奴らもいるかもしれねェが……今朝、『管理者』からメールが来てな。それには、こんな映像が添付されていた」
神原は自分のデバイスの映像を全員に見えるよう、空中に映し出した。その映像を見て、部屋の中にどよめきが広がる。
「もう1つの『楽園解放』ッて言ッた方がいいかァ? とにかく、あの時外界に残ることを選んだ奴らがエデンに侵入している。方法は、言わずもがなだろ。轟が向こうにいるんだしな」
『楽園解放』は、神原がエデンの治安維持部隊になるという決断を下した際に、賛成する者と反対する者に分かれた。反対派はエデンに入らず外界に残り、賛成派は現在のようにエデンに入り、治安維持部隊として活動している。
もちろん、本当にエデンに取り込まれたわけではないのだが、反対派は賛成派がエデンに取り込まれたと思っているらしい。
「とにかく、だ。この問題は出来れば俺たちだけで解決しときたい。だが、奴らの話を聞く限りだと、光が巻き込まれるのはほぼ確実だ。つーことは」
神原が言いかけると、1番前の席に座っていた眼鏡の女性が恐る恐るその言葉を継ぐ。
「黒神終夜も必然的に巻き込まれる……ということでしょうか」
「そういうことだ。まァ、心強いことではあるんだがな。それに、あの『二重能力試行実験』の双子もだ。いや、そもそも奴らは俺たちのことなど眼中にないようにも思える」
神原が受け取った映像では、『楽園解放』のことよりも黒神や早織、そして早苗のことを重要視しているような台詞が残されていた。
つまり、敵は神原たちよりも先に黒神たちに接触する可能性が高い。
「いくら分派したとはいえ、俺たちの根幹は変わらねェ。奴らにもそれを理解してもらいてェんだ。そのためにも、俺たちが先に奴らと接触する必要がある」
そこまで言って、神原はデバイスを操作して別のメールを表示した。そこには『管理者』が掴んだ敵の情報が羅列してある。
「『管理者』によると、奴らは明日、コルンから行動を開始するらしい。俺たちはコルンへと移動し、奴らを止める」
コルン。元々、12月25日の作戦の起点となるはずだった場所。あの時は朝影が黒神に敗北し、作戦を変更せざるを得なくなったのだが、何の因果か敵も起点をコルンに決めたらしい。
「まさか、今度は俺たちが止める側だとはなァ。皮肉なもんだ」
言いながら、神原はホワイトボードに敵を止めるための作戦の概要を書き始める。それを他のメンバーたちは真剣な表情で見つめていた。
2つの『楽園解放』。
かつて分派した仲間たちが、今度は敵として再会する。
この残酷な運命に、彼らは立ち向かわなければならない。