第一章 歓談部の平和な日常(13)
30分ほど経って、部活は終了となった。最後まで藤原は考え込んでいたが、橘が半ば強引に連れ帰った。彼女はおっとりしているように見えて、意外と気が強いのだ。
黒神は早織と共に下校していた。途中まで帰路が一緒だからだ。
「うー、寒いな。でも、この時期に食べるケーキは絶品なんだよなぁ」
「黒神君は本当に甘いものが好きだよね。と、ところで、さ」
黒神の隣を歩く早織は赤いマフラーに顔を埋めている。彼からは見えないが、その顔はほんのりと赤みを帯びているようだ。
「最近、どうなの? その、朝影さんとは」
黒神は早織の方は向かずに、前を向いたまま答える。
「どうって、普通だぞ。まあ、特訓とかはしてもらってるが……」
「特訓って、能力の?」
「まだ能力を満足に扱えるわけじゃないからな。それに……」
言いかけて、黒神は言葉を飲み込んだ。危うく『管理者』のことを喋りそうになったのだ。彼は早織を踏み込ませたくないと思っている。だからこそ、『二重能力試行実験』の一件以降も『楽園解放』のことや『エデン破壊論』のことなどは話していない。
「それに?」
横目で見ながら尋ねてくる早織に、黒神は少し戸惑った。
「その、いつの日か月宮とも戦わなきゃいけないしな!」
無理矢理な繋ぎだが、早織は納得したらしく笑顔を見せてくれた。
「そうだね、黒神君が能力者になったんだから、いつかは戦わなきゃだね! 早苗ももう一度黒神君と戦いたいって言ってたよ」
月宮早苗。クローン人間ではあるが、早織の妹として認識されている。彼女の秘密を知っている者は黒神を含めてもごく少数であろう。
「月宮妹はいつ入学するんだ? 今日は見なかったけど……」
「来月からだよ。早苗も楽しみにしてるみたい」
「来月っつーと、もうすぐじゃねぇか。そっか、歓談部に入るつもりなのか?」
「んー、まだ分からないかな。一応入る気はあるみたいだけど」
そんな話をしているうちに、大通りに来た。月宮の家はこの近くらしく、2人はここで別れた。早織は名残惜しそうな顔をしていたが、黒神にはその真意は分からない。
ポケットに両手を入れ、白い息を吐きながら黒神は自宅へと向かった。
夜は段々と深まっていくが、大通りは賑やかになっていく。家族連れやカップルたちが集まってきているのだ。
「はあ、なんかデジャヴだぞ。こういうのはクリスマスとかだけにして欲しいものだよな」
肩を落として背中から哀愁を漂わせながら、黒神は歩いていく。彼は、朝影と初めて出会った日を思い出していた。