第一章 歓談部の平和な日常(12)
歓談部の部室についた時には、もう時刻は6時を回ろうとしていた。
藤原は歩きながらもずっと考え事をしていた。その内容は、言わずもがなであろう。
「ん、部室の電気が点いてる……?」
ドアの上にある小さな窓から光が見える。黒神は1年生がいるのだろうかと首を傾げつつ、部室のドアを開けた。
「あらあら、遅かったわねぇ」
そこにいたのは、黒神が想像した人物ではなかった。
肘にまで届く長い黒髪をハーフアップにした、和風美人という言葉が似合う白いマフラーを巻いた少女。制服の上からでもその豊満さが分かるほどの胸を携え、緑色の瞳をこちらに向けて微笑んでいた。
「た、橘先輩? どうしてここに……って、部長が来たんだから不思議なことじゃないか……」
橘薫、彼女こそ歓談部のもう1人の3年生である。なんだか彼女の後ろにお花畑が見えるようにおっとりとした人物で、黒神たちを見るなり流しへと向かい、お茶を淹れ始めた。
それを見て、早織が慌てて橘の元へ駆け寄り、自分がやるからゆっくりしててくれと言って橘を椅子へと座らせた。
真面目な彼女としては、入試終わりの先輩にお茶を淹れさせることは出来なかったのだろうか。
「あら? 創君は何か考え事かしらぁ」
「俺の能力について、だと思いますよ」
「黒神君の能力ぅ? そういえば、早織ちゃんから聞いたような、聞いてないようなぁ」
人差し指を柔らかそうな頬に当てながら、橘は視線を上に移しながら記憶を辿っていた。少しして思い出したらしく、握った右手をパーの形の左手に当てて、
「思い出したわぁ。確か、木の能力だったかしらぁ?」
「そっちじゃないですよ!! 『氣』です、『氣』」
「ああ、そっちだったわねぇ。幻の能力よね。創君も色々調べてたわよぉ」
橘は藤原へと視線を向けるが、彼はそれに気づかず椅子の背もたれに体を預けて考え事を続けている。それほどまでに難解な問題なのだろう。
「ところで、1年たち来ませんでしたか?」
黒神が尋ねると、藤原が反応しないことが面白くなかったのか少し頬を膨らませながら橘は視線を戻した。
「来たわよぉ。黒神君たちが来る前に帰っちゃったけどぉ」
「そうですか……あ、そう言えば先輩、試験はどうだったんですか?」
「んー、まあ良かったんじゃないかしら? 絶対オファーするって言ってきた大学がいくつかあったからぁ」
藤原のように直接オファーされたわけではなく、あくまでも原則には従っているとはいえ、これもこれで異常である。どうやら、歓談部の3年生はどちらも怪物らしい。
「俺たちのハードルを上げないでくださいよ……」
「そうですよ、苦労するのは私たちなんですから」
愚痴を言いながら、早織が各々の近くにお茶の入った湯のみを置いていく。
「2人なら大丈夫よぉ。早織ちゃんは上位だし、黒神君なんかは幻の能力だしぃ」
簡単に言っているように見えて、橘は真剣なのだ。笑顔を見せているが、その緑色の瞳は真っ直ぐ2人を見つめている。
季節がら、外は急激に暗くなっていく。そして、気温も一気に低くなる。
しかし、歓談部の部室には温かく、ゆったりとした空気が流れていた。