第一章 歓談部の平和な日常(11)
「ところで、終ちゃんはその能力が発現したとき、何か不思議に思ったことはないかい?」
藤原は黒神に近づきながら尋ねた。
「そういえば、初めて能力を使ったときから『氣』の使い方が分かってましたね……」
「えっ……」
さっきまで得意気に話していた藤原が驚いたような顔をする。どうやら、黒神の返答は彼の予想とは異なっていたらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ終ちゃん。それは……ああくそっ、いよいよ本格的に分からなくなってきたぞ!」
朝影と初めて戦った後、彼女は能力について説明をしてくれた。
朝影は、黒神が『氣』の使い方が自然に分かったことを、当然だと言っていた。能力とはそもそも遺伝子に潜在しているものであり、平たく言えば体が能力の使い方を知っているということになる。
そう、黒神が最初から『氣』の使い方を知っていたことは、黒神の能力が彼の遺伝子に潜在しているものだという何よりの証拠となるのだ。
だからこそ、藤原は取り乱している。
「これじゃ、大前提が覆ってしまう。でも、終ちゃんの能力が遺伝子に潜在していたとしたら、何故デバイスに適合しない? ……あまり、強引な理論は好きじゃないんだけど」
そこまで言って、藤原は言葉を区切った。
本当に好きではないのか、次の言葉が出るまでに少しだけ間があった。そして、真剣な表情で、
「1つだけ可能性があるんだ。それは、終ちゃんが生まれる前に遺伝子を書き換えられたっていう可能性だ。まあ、『書き換えられた』なのか『書き加えられた』なのかは分からないけど」
クローン技術には、人の遺伝子を操作する技術も含まれている。月宮早苗のようなクローンを作れるのであれば、人の遺伝子を操作することなど造作もないことだろう(違法か否かはさておき)。
「いずれにしても、推測の域を超えることはない。そうだね、『管理者』なら何か知ってるかもしれない」
「『管理者』……」
藤原はそれ以上何も言わなかったが、黒神にとって『管理者』はいつかは必ず対峙しなければならない存在だ。
「まあ、もうこれ以上色々考えても解決することはないだろうから、一旦部室に戻ろうか。もしかしたら、1年生ズがいるかもだし」
「でも、あいつらはランク戦の最中なんじゃ……」
「この時間なら多分終わってるはずだよ。強制参加の方は朝からやってるはずだから」
こうして、3人は施設を出て、歓談部の部室へと向かった。もう既に日が落ちかけており、オレンジ色の空が地平線の向こうに広がっていた。