第一章 歓談部の平和な日常(10)
戦闘が終わると、仮想空間は解除されもとの何もない部屋に戻った。そして、倒れている黒神の所に筋骨隆々のお兄さんが駆け寄っていく。藤原の『永続模倣』で回復させることも出来るが、本職の仕事を奪うわけにはいかない。
お兄さんが黒神に回復を施している間に、藤原は早織がいる方の部屋へと戻った。
「やっぱり、黒神君でも先輩には勝てないですか」
早織は肩を落としながら呟いた。
「愛しの彼が負けて悲しいのかい?」
「はぁっ!? いやその……間違いじゃないですけど……」
早織は顔を真っ赤にして俯いてしまった。それをニヤニヤしながら見つめ、藤原は小さな声でこう告げた。
「アタックするなら早めにね。あの朝影さん? に負けちゃうよ」
どこかで聞いたことのある台詞に、早織は体をビクッと震わせる。彼女も彼女なりに危機感は抱いているらしい。
それは分かってるんですよでもいざとなると――と1人でぶつぶつと呪文のように呟き始めた早織から離れ、藤原は部屋の角へと移動した。
さっきまでニコニコ(ニヤニヤ?)していた少年の顔が豹変する。
顎に手を当て、怪訝な顔で、
(なんとなく、終ちゃんの能力の正体が見えてきたな。でももし僕の仮説が本当なら、一体どういうことなんだ? どうして『管理者』はこれを放置してるんだ。しかも終ちゃんのことはあれだけ大々的に報道されているのに……まるで、わざと放置してるかのようだな)
しばらくすると、意識を取り戻した黒神が戦闘用の部屋から出てきた。完全に回復したらしく、その足取りは軽い。
「黒神君、お疲れ様」
「流石に勝てない、か。まだまだだな」
回復役のお兄さんが出てくると、黒神は頭を下げて改めてお礼を言った。お兄さんは笑顔で黒神に応え、外へと出て行った。次の部屋へと移動するのだろうか。
「終ちゃん、少し真面目な話をしよう」
振り返った藤原は笑顔に戻っていた。だが、その目は真剣そのものだ。
「先輩、私は聞いててもいいんですか?」
「ああ、問題ないよ」
早織と黒神は隣同士に立ち、藤原は近くの壁に体を預けながら立っている。
「月宮ちゃん、さっきの戦闘で何か気付いたことはあるかい。特に、僕の行動で」
「……確か、いつもとは違いましたね。その、相手の能力をコピーしなかったところとか」
そう、藤原はあの戦闘において一度も黒神の能力をコピーして使うことはなかった。一般的な炎の能力などならば、既に同じ系統の能力をコピーしているからという理由が浮かぶが、黒神の能力に関してはその理由は通じない。
「どういうことだ?」
「先輩は、基本的には相手の能力をコピーして戦うの。自分が使ってみて、どんな能力が弱点なのかを判断する。それが先輩の戦い方」
「じゃあ、なんで俺の能力をコピーしなかったんですか?」
藤原は預けていた体を起こし、腕を組んで左右にウロウロと動きながら、
「しなかったんじゃない。『出来なかった』んだ」
「……え」
藤原の能力は1度見た能力ならばコピーできるはずだ。なのに出来なかったとは、一体どういうことなのか。
「『永続模倣』は、厳密に言うと相手の遺伝子情報を読み取ることで能力のコピーを可能にするものなんだ。能力は遺伝子に潜在しているものだからね。だからこそ、1度相手の能力を見てそれがどんな能力かを理解していないといけない」
だから、と藤原は言葉を継ぐ。
「能力をコピー出来ないということはその能力はどんなものだと思う?」
考え込む黒神の代わりに、早織が答えた。
「遺伝子に潜在している能力じゃない……ってことですか?」
「そうだ。そう考えれば、終ちゃんのデバイスが適合してないのも合点がいく。でもそうすると、不可解な点が生まれるんだ。それは……その『氣』の能力が本当に終ちゃんの能力なのかということだ」
黒神だけではなく、早織も藤原の言葉に驚いた表情をする。さらに、藤原は話を続ける。